「ACADEMY / PREMIUM」記事
未だ根強い「生理痛で練習休み=サボり」の風潮 女性アスリートの体は「一人一人異なると理解を」
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2024.04.09
コンディショニング
月経
「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」オンラインイベント第1部レポート
「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。3日には、女性アスリートや指導、保護者を対象としたオンラインイベントを開催しました。全3部で現役アスリートや専門家を招き、第1部は「月経とコンディショニング」、第2部は「知っておくべき成長期のカラダと変化」、第3部は「男性指導者と女性アスリートのコミュニケーション」とテーマが設定されました。
今回は「THE ANSWER」で開催された第1部のレポートを「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。ゲストに五輪2大会出場し、一般社団法人「スポーツを止めるな」で月経にまつわる情報発信を行う教育プログラム「1252プロジェクト」のリーダーを務め、月経問題を第一線で発信している元競泳選手・伊藤華英さん、講師に日本体育大学で女性アスリートのためのコンディショニングを研究している須永美歌子さん、MCにフィギュアスケートでソチ五輪に出場した鈴木明子さんを迎え、「女性アスリートとコンディショニング」の課題について議論を交わした。
◇ ◇ ◇
女性アスリートが避けて通れない「月経とコンディショニング」の問題。近年は多くのアスリートが自身の体験を発信し、さまざまなメディアで情報が取り上げられるようになったが、どう対処し、どう向き合えばいいのか、未だ課題を感じている選手・指導者も多い。イベントは月経の基礎知識から解説された。
須永教授によると、日本人の初経平均年齢は一般人が12.2歳、アスリートが12.9歳。教鞭を執る日体大で1697人の女子学生を対象とした調査では、最も早くて9歳、最も遅くて21歳だったとのデータが紹介された。初経の1年前の11歳頃から身長も急激に伸び始め、1年で平均8センチ成長するという。「身長がぐーっと伸びたら、そろそろ生理が来るかも……というサインと思ってください」と須永教授。こうした体型変化が競技によってはパフォーマンスに影響してくる。
正常な月経周期は25~38日。その期間で女性ホルモンの分泌が多い時期、少ない時期の波があり、これが体や心に影響を与える。女性アスリートを調査したデータとして、コンディションが最も良いのは「月経終了~数日後」、最も悪いのは「月経前」「月経中」が多かったという。一方で「関係なし」の選手も一定数おり、須永教授は「一概にどの時期が悪いと決めつけられない。選手によって違う。指導者の方は注意してもらいたい」と述べた。
月経をコントロールする手段として、最近はピルが浸透している。ゲストの伊藤さんは2008年北京五輪で月経周期が大会と重なることを考慮し、月経をずらす目的で中容量ピルを服用した。4月に出場が決まり、7月の大会に合わせて服用したら体質に合わず、副作用で体重が4~5キロ増加。大会が不完全燃焼なものになった。「ピルが良くないのではなく、自分に合うピルを見つけられなかった。大事なのは知識がないまま服用し、副作用にあったこと。知識を持って、試す期間も必要と思いました」と振り返る。
伊藤さんの経験から、須永教授は「初めて飲んでみようという時は大事な大会で急に試さず、オフシーズンから試してほしい。副作用があっても、低用量ピルなら2、3か月で弱まると言われている。婦人科を受診して、薬の説明を受けて判断してほしい」と次世代の女子アスリートたちにアドバイスした。
一方で、女性が婦人科を受診するのはハードルが高い。須永教授は「低用量ピルは女性ホルモンの分泌を抑える作用もあり、骨の成長に影響する。成長期の中学生くらいなら、慎重な判断が必要。飲む、飲まないの判断はお医者さんと話して決めてほしい」と強調し、病院選びについても助言。女性の医師だから必ずしも良いわけではなく、母親や友人の口コミでも構わないので「きちんと話を聞いてくれるお医者さん」を探し、気軽に相談に乗ってくれる関係を作ることを求めた。
「私も婦人科は、最初はハードルが高くて、ちょっと怖かった」というMCの鈴木さんも「行ってみたら、自分の状態も分かったし、どう対処するかを先生と話せるだけで不安も和らぐ。ただ漠然と不安を持って怖がるのは良くない。ベストコンディションで臨みたいからこそ、病院の先生に聞いてみた方がいい」と頷いた。
また、「生理痛で練習を休む=サボっている」と選手自身が認識し、休みづらいと風潮もある。伊藤さんは「本人も含めチームメート、指導者が知識向上させて、(生理痛が)つらい子に『休むな』と言うだけではなくサポートしながら、どうやったらみんなで症状に合わせてカバーできるかを考える。それはもしかしたら目標達成にもつながるかもしれない。『月経=我慢する』じゃなく、対処できるということを理解してもらいたい」と私見を述べた。
「アスリートは根性論で『こんな状態でもやらなきゃ』『ここで頑張ってこそ一流』と思いがち」という鈴木さんも「私も不調のまま練習して、良いパフォーマンスにつながらず、それでまた落ち込んで……という自滅パターンを繰り返した。練習をしないと不安になるのはよくわかる。でも、どこまで追い込んで、ここは休んでというメリハリをつければ良かったと、今になって反省している」と元トップアスリートならではの体験をもとに語った。
生理とコンディション変化のチェックリスト
イベントでは、須永教授から生理にまつわるチェックリストが紹介された。
□月経が3か月以上止まっている □月経が8日以上続く □夜用ナプキンでも2時間もたない □レバー状の血の塊が出る □2日目でもナプキンにうっすらつく程度 □月経以外の時期に出欠がある □月経痛がひどくて薬を飲んでも効かない □月経前にコンディションに影響する症状がある
現役時代、鈴木さんは「月経が3か月以上止まっている」、伊藤さんは「月経前にコンディションに影響する症状がある」に該当していたという。1つでも当てはまったら婦人科の受診を勧める須永教授は「自分の生理が正常か異常か判断し、異常なら自分で婦人科に行かなきゃと思える状態になってほしい」とも述べた。
また、生理から起こるコンディション変化のチェックリストも紹介された。
【月経中】下腹部痛、腹痛、頭痛、吐き気
【月経前】乳房緊満感、むくみ、体重増加、食欲増加、腹痛、頭痛、抑うつ(落ち込む)、イライラ、集中力定価、倦怠感(だるい)、不安、怒りっぽい
上記を対処する「Action」として以下の例も挙げた。
□病院に行く □市販薬を服用する □保健室に行く □練習メニューを調節する □休養をとる □食事をコントロールする □コーチに相談する □その他
須永教授は「重要なのは『Action』の部分。婦人科以外にも(『Action』の項目で挙げた)自分ですべきことはあり、いろいろなアクションを起こすことが大事。月経周期でコンディションが変化するようであれば、この時期にどんな対処法をすればパフォーマンスが発揮できるのか、考えてもらいたい」と話した。
さらに、伊藤さんは「女性アスリートに関わる大人が、選手が話をしてもいい存在になってもらい、自分だけでは判断できないことも『練習を休んでもいいから病院に行ってみなよ』など、安心させられる言葉を一言でもかけられると、選手も頑張りたい、もっと結果を残したいと思えると思う」と語った。
質疑応答のコーナーでは、参加者からの質問に登壇者が回答した。生理中に良いタイムが出ず落ち込んでしまう競泳選手に、伊藤さんは「心理的に落ち込むのは悪いことではない。でも月経に関しては、自分なりの対処ができるといい。厳しいならコーチやトレーナーに少しでも話してみることができるようになるといい。悩んでいるのは一人じゃない。一人にならないでほしい」と思いやり、スケートリンクで体が冷えて生理痛が重くなるフィギュアスケート選手に、鈴木さんは自身の経験から腹巻きと貼るタイプのカイロを練習中に使うことを勧めた。
イベントの最後には、月経にまつわる世間の認識が徐々に変化していることに触れた。2017年からスポーツ界の月経問題を発信してきた伊藤さんは「言葉としては(生理が)広がってきている。学生をとりまく環境でも(生理について)重要と言ってくださる指導者も増えている」と実感。一方で「スポーツ現場にいる方々が知識を持って関わる環境にしていければ。生理を入口に、女性アスリートの体や症状も一人一人異なると理解し、選手の皆さんも自分の体を追求してほしい」と願った。
また、須永教授は「日体大では女性アスリートだけじゃなく、将来指導者になりたいと考えている男子学生ももっと学びたいとゼミを希望する学生が増えている。オリンピアンの皆さんが発信することで世の中も変わって来たのではないか」と時代の変化を分析。「今日紹介した月経のチェックも自分の健康状態を保つ大切な知識。ぜひ、チェックしてみて心配なことがあれば婦人科に行ってほしい。私個人も現場の役に立てる知見を発信していきたい」と研究者としての想いも語った。
1時間にわたった第1部はこうして終了。第2部の「知っておくべき成長期のカラダと変化」は次回レポートする。
(W-ANS ACADEMY編集部)
Ito Hanae
伊藤 華英
水泳
1985年1月18日生まれ。埼玉県出身。日本代表選手として2012年ロンドン五輪まで日本競泳界に貢献。2004年アテネ五輪出場確実と騒がれたが、選考会で実力を発揮できず、出場を逃す。水泳が心底好きという気持ちと、五輪にどうしても行きたいという強い気持ちで、2008年に女子100メートル背泳ぎ日本記録を樹立し、初めて五輪代表選手となる。その後、メダル獲得を目標にロンドン五輪を目指すが、怪我により2009年に背泳ぎから自由形に転向。自由形の日本代表選手として、世界選手権・アジア大会での数々のメダル獲得を経て、2012年ロンドン五輪・自由形の代表選手となる。同年秋に引退後は、水泳クリニックや講演会、解説などスポーツ界で幅広く活躍中。姉妹サイトであるスポーツ文化・育成&総合ニュースサイト『THE ANSWER』の女子とスポーツコーナーでは、立ち上げ時からスペシャリストとして携わり、現在も女性アスリートが抱える課題について積極的に発信している。
Sunaga Mikako
須永 美歌子
日本体育大学教授
日本体育大学教授、博士(医学)。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本陸上競技連盟科学委員、日本体力医学会理事、日本トレーニング科学会会長。運動時生理反応の男女差や月経周期の影響を考慮し、女性のための効率的なコンディショニング法やトレーニングプログラムの開発を目指し研究に取り組む。大学・大学院で教鞭を執るほか、専門の運動生理学、トレーニング科学の見地から、女性トップアスリートやコーチを指導。著書に『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)。
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