「この体重でも跳べるんだ」 月経異常や骨密度低下を経験、引退後に気づいた数字に縛られない体作り――プロフィギュアスケーター・宮原知子さん
「INTERVIEW / COLUMN」記事
「この体重でも跳べるんだ」 月経異常や骨密度低下を経験、引退後に気づいた数字に縛られない体作り――プロフィギュアスケーター・宮原知子さん
著者:長島 恭子(W-ANS ACADEMY編集部)
2026.07.02
体重管理
月経

プロフィギュアスケーター・宮原知子さんインタビュー後編
選手時代、全日本選手権4連覇、平昌五輪4位入賞など、輝かしい成績を残したプロフィギュアスケーターの宮原知子さん。圧倒的な練習量と安定した演技から『ミス・パーフェクト』と称された宮原さんでしたが、五輪出場を目指していた19歳の時、疲労骨折により戦線離脱しました。当時、骨密度の低下や月経異常も見られたという宮原さんに、ケガに直面し、どのように体と向き合い、何を学んだのかを伺いました(前後編の後編)。
――前編では現役時代、試合時の目標体重があり、そこに向かって体を絞っていた、という話がありました。女子選手は中学生~大学生の頃に体形が変わりやすく、体重コントロールに苦労される方が多いのですが、宮原さんはどうでしたか?
「体重は毎日測っていましたが、私は思春期にバーンっと太る時期を作らなかったんです」
――「作らなかった」というのは、コントロールしていた、ということ?
「そうです。中学・高校の頃、ふっくらする時期があると思いますが、それを自分に許さなかった。思春期に太ってジャンプができなくなることが、本当に嫌だったんです。それで、『身長が2センチ高くなったら体重を2キロ増やしてもOK』というようなマイルールを作り、『今、148センチだから38キロくらいにしよう』『150センチになったから40キロくらいを維持しよう』という感じで、基準値を決めて数値を刻みながらコントロールしていました」
――自分に対してすごく厳しかったんですね。
「いわゆる完璧主義だったんだと思います。加えて体力が人よりもあるので、体重を落としても体力が持たなくてパフォーマンスが落ちる、という影響をあまり受けなかった。いつも元気だったし、エネルギーを削って無理をしている感覚がなかったんです」
――全く?
「全く。先輩たちからも『それをやっていたら、20歳を超えたらマジで体がキツくなるから!』と言われることもありましたが、それも信じていなかったですし、20歳を超えても特に体重は大きく変わりませんでした。
ただ、22歳の時に突然、急に体が重く感じる日が多くなりました。練習でフリーの演技を最後まで通しても全然しんどくなかったのに、次の日、1本目のジャンプでもう力が入らなくなる、という状況が結構、あるようになったんです。血液検査もしましたが数値的には全然、問題がない。『これは今まで無理してきたことが積み重なった結果なのかな』と感じていました」
――ちなみに中学や高校時代、普段はどのように食事を摂っていましたか?
「私は昔から、朝ご飯は絶対に抜けない人なんです。ですから中学生までは昼食は給食、夕食は練習終わりに祖母の手作りのお弁当と、3食しっかり食べていました。また、おやつも必ず祖母がお弁当と一緒に入れてくれたので、練習の合間に食べていました。
でも、高校生の時に練習時間が午後の早い時間に変わると、食事量のバランスが変化。練習前にお腹に物を入れたくなかったので、昼食は適当に軽く食べるという感じになりました。さらに、ジュニアからシニアのカテゴリーに上がったことで、試合のプレッシャーやメンタルにかかる重みが増してきた。それで、『ちゃんとやりたいから、ちょっと食べる量を減らそうか』という方向にシフトしてしまったんです」
――「ちゃんとやりたいから、食べる量を増やそう」ではなく……。
「はい。当時は絞れてくると動きやすい、というマインドでしたから。特にシーズン中は体重を落として試合に臨んだうえ、大会後はメンタルも影響してすごくやせてしまいました」
月経は引退してから「やっと正常に戻ってきた」

――メンタルでやせるとは?
「ハッキリとメンタルが原因と言われたわけではありませんが、体力を消耗してというよりも、気持ちが影響してやせてしまうんだろうな、という感覚があったんです。大会中も食事は摂っていましたし、なんなら練習は30分程度とすごく短い。なのに必ず、1.5キロやせてしまう。いったい自分は、どこを使ってやせてしまうのかと不思議に思っていました」
――現在、スポーツ界では『REDs(相対的エネルギー不足)』や『女性アスリートの三主徴(利用可能エネルギー不足、視床下部性無月経、骨粗しょう症)』が大きな問題となっています。現役時代、これらの言葉を知っていましたか?
「『女性アスリートの三主徴』についてはJISS(国立スポーツ科学センター)の講習会で話を聞いたことはありました。でも、疲労骨折を経験するまでは自分事としては耳に入ってこないというか、『私はまだ10代だし、大丈夫』という感覚でした。
ケガをして、20歳を超えてからだんだん意識するようにはなりましたが、やはり現役時代は試合や演技のことばかりが頭にあり、体のことまで考えられなかったですね」
――実際、『REDs』や『女性アスリートの三主徴』に当てはまるような症状を経験したことはありましたか?
「あります。疲労骨折を機に、JISSの婦人科のクリニックで定期的に診察を受けるようになりましたが、私は初経がかなり遅く、当初は月経異常がありましたし、骨密度も低かったんです。そこで、疲労骨折の治療に併せてエストロゲンなどの値を診ながら、ホルモン補充療法を始めました。月経は引退してからやっと正常に戻ってきた感覚があり、治るまでには本当に何年も時間がかかるんだと実感しています。
一方、骨密度はケガから2年ほど経った頃には、劇的に改善。『こんなに骨密度が上がった人を見たことがない』と、先生に驚かれるほどでした」
――骨密度が改善された要因は何だったと感じていますか?
「一番は朝・昼・夜の食事のバランス、そして動いている量と食べている量のエネルギーのバランスが整ったことだと思います。以前は『動いて枯渇した分、食べてゼロに戻すだけ』だったのが、『動いてゼロになり、食べた分だけプラスになり、その分、成長する』というシステムに、体が変わっていったのだと思います。
実は昨年も身長が1センチ伸びたんです。もしかして今が私の思春期であり成長期かもしれない! と周りにも言っています(笑)」
現役引退後に理解した「この体重でも跳べるんだ」

――現役を引退し、プロスケーターとなった現在、ご自身の体との向き合い方はどう変わりましたか?
「より自分の体と対話するようになりました。例えば今は自分でトレーニングメニューを組んでいますが、滑りながら『今日のジャンプの感じだと、殿筋が落ちているな』『軸がぶれるのは、コア(体幹)トレーニングが足りないのかな』など、体の変化を細やかに観察しながら練習するようになりました。
また、現役の時よりも体重が5、6キロ重いのですが、ちゃんと動けています。昔は『この体重でないと跳べない』と思い込んでいましたが、今は『この体重でも跳べるんだ』と理解できるようになりました。月に1回、ケアのトレーナーさんに体を診てもらっていますが、体のどの筋肉が使えているかなど指摘していただけるので、自分のなかで答え合わせをしながら体作りを進めています」
――体重という「数字」ではなく、体の「機能」や「感覚」を見られるようになったのですね。
「実は今も『軽いほうがいい』という意識から抜け切れてはいません。ただ、毎日練習しているわけではないので、自然と体重は重くなるし、動けなくもなります。それでも、アイスショーに向かって体を作っていくなかで、『この体重でも今日はここまで跳べた。つまり以前の体重まで落とさなくても、跳べるということだよね』と少しずつ理解できるようになってきました。現役の時だったら考えられないような体重で、今、跳んでいますから」
――最後に、体重コントロールや体の変化に悩んだり、行き詰まったりしている部活動生やアスリートに向けて、メッセージをお願いします。
「すごく難しいのですが、私が伝えたいのは、『ケジメ』をつけることの大切さ――『オンとオフの切り替え』を大事にしてほしい、ということです。
試合の時期には試合の時期に合った食事があります。私は1年中ずっと試合のことを考えて、常に体を絞り込んでいました。でもオフの時は体もオフにしてあげていい。試合期が来れば嫌でも絞ることになりますから、体を“ふわっ”とさせるというか、自然に体重が増えてもいいと思うんです。
常に『やせていなければいけない』とストレスをかけるのではなく、『今は(ふわっとしていて)大丈夫』『ここからは絞る時期』とメリハリをつけることが、心と体を守るうえですごく大切だと思います。自分を追い詰めるばかりではなく大事にしてほしい。私もこれからもっと自分自身を、大事に、大事にしていきます」
■宮原 知子 / Satoko Miyahara
プロフィギュアスケーター、日本スケート連盟理事。1998 年3月26日生まれ、京都府出身。4歳でスケートに出会い、5歳からスケート教室に通う。7歳でアメリカ・テキサス州ヒューストンから京都に戻り、濱田美栄コーチの元で指導を受ける。2013-14シーズンにシニアデビュー。2014~17年の全日本選手権で4連覇、世界選手権では15年に2位、18年に3位となり、18年平昌五輪で4位入賞を果たす。22年3月、競技引退を発表。同年4月、スターズオンアイス・カナダツアーに日本人で初めてメインキャストとして参加した。現在、プロフィギュアスケーターとして数々のアイスショーに出演するほか、解説者としても活躍する。
(W-ANS ACADEMY編集部・長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
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