「INTERVIEW / COLUMN」記事
「東京五輪の時より上手いんじゃね?」 現役復帰→2年後に世界一、競技を離れた1年で見つけた“今の自分”――体操・杉原愛子
著者:長島 恭子
2026.03.10
キャリア

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」8日目 杉原愛子インタビュー後編・現役復帰
「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートがインタビューに登場します。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントとなる内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。
8日目は昨年行われた世界選手権の種目別ゆかで、自身初の金メダルを獲得した杉原愛子(TRyAS)の後編です。東京五輪の翌年に一度競技から離れるも1年後に復帰し、26歳になった今も世界のトップレベルで活躍しています。競技をすることが「楽しい」と語る、その原動力について話を聞きました。(取材・文=長島 恭子)
◇ ◇ ◇
2月22日、イタリアでミラノ・コルティア五輪の閉会式が行われたその日、ドイツ・コトブスでは体操の種目別ワールドカップ(W杯)の決勝が行われていた。
平均台の最初の演技者は杉原愛子。最後、得意の屈伸ダブル(2回宙返り)で着地を決めると、解説者のダヌシア・フランシス(東京五輪ジャマイカ代表)は感嘆の声を上げた。
「最初から最後まで、本当に素晴らしかった。近年、(体操競技は)振付や演技、芸術性が重視されている。そして演技の心得がある選手と言えば、杉原愛子だ」
4歳から体操を始め、16歳で初めて日本代表に選出された。五輪は2016年リオデジャネイロ大会、21年東京大会に出場。しかし、「人生をかけて挑んだ東京大会が終わり、燃え尽き症候群になってしまった」という杉原は、22年6月に行われた全日本種目別を最後に競技生活から一時離れた。
当時は、大学の最終年。「育成やイベントを通じて、体操をメジャースポーツに成長させたい」と、セカンドキャリアをスタートさせた。体操コーチや審判の資格を取得し、在学中は学生コーチとして後輩をサポート。翌年、武庫川女子大学付属中学体操部のコーチに就任した。
「中学生を教えるからには、何よりも基礎が大事です。大学時代から自分のコーチだった大野(和邦)先生から、指導法を教えてもらうなか、改めて基礎の大切さが身に染みました」
人に教えることで、体操の技術を論理的に理解することもできた。それをイベント用に練習していた自分の演技に落とし込むと、基礎練習の理解が深まったことで、技の質が向上した。
「そのうち、『あれ? 東京五輪の時より今の杉原愛子のほうが上手いんじゃね?』という手応えを感じました。自分はまだ動ける。体操の普及を目指すなら、競技者としてできることをやるべきではないか、という思いが強くなりました」
復帰の決め手となったのは、母の一言だった。「全日本の種目別、出てみようかな」。そう母に伝えると「えー、出てほしい!」と返ってきた。
「母にそう言われてすごく嬉しかった。たぶん、もう1回、競技会で私の演技を見たいという思いで言ってくれたのだと思いますが、この言葉がなかったらきっと復帰していなかったと思います。
両親には、『やりたいことがあったら、やらずに後悔するより何でもやってみなさい』と育てられてきました。そういう意味でも、背中を押してくれたのかな」
復帰戦となった23年6月、全日本種目別のゆかに出場。1年間のブランクはあったものの、見事優勝を飾った。
復帰後の演技力向上につながった指導者や審判員の経験

復帰後は、練習の取り組み方も変化。量よりも質を重視し、練習内容もコンディションを見ながら、自分で考え、コントロールできるようになった。
「以前はできるまで練習をやめないタイプでしたが、量をやるばかりでは疲労が溜まり、かえってやりたい練習を100%できません。東京五輪前は週6日、練習していましたが、今は3日練習して1日休み、2日練習して1日休むというスケジュール。疲労回復の具合も良く、自分の体とうまく折り合いをつけながら、質の良い練習ができるようになりました。
まあ、たまに自分の負けず嫌いなアスリート心が出てきて、やりすぎちゃうんですが(笑)、そういう時は大野先生がストップをかけてくれます」
さらに、競技から離れていた間の経験が生きた。指導者や審判員としての学びから、採点基準につながる視点を得られ、質の高い技や演技につながった。また、イベント出演の経験により、杉原のこだわりでもある「観客に楽しんでもらう」表現力が磨かれた。
「イベントでは、ジャッジではなくオーディエンスをいかに楽しませるかが大事です。観客の皆さんに笑顔で帰ってもらうためにはどうしたらいいのかなと、大好きなNissyのライブやD.LEAGUE(プロダンスリーグ)に通い、研究しました。それこそバックダンサーまで、演技の参考になる表情や見せ方をチェック。『ライブを楽しむはずだったのに、完全に勉強しちゃってるわ~』って思っていました(笑)」
25年に入ると、杉原はさらに躍進する。NHK杯では15歳で優勝して以来、10年ぶりに優勝。そして、6年ぶりに出場した世界選手権では、女子種目別のゆかで、自身初の金メダルを獲得した。
「(金メダルには)私もビックリしました。実は前日に段違い平行棒で落下し、個人総合でのメダル獲得の可能性が消えてしまいました。でも、落下の原因をその日中にクリアしたことで頭が切り替わり、翌日はスッキリとした気持ちに。残りの平均台と床は、自分が納得いく、楽しむ演技をしようと臨んだんです。結果、最初の平均台は“ゾーン”に入れて、ほんまに楽しくできた」
自ら「これ以上ない」と言うほどのパーフェクトな演技で、平均台は3位に入った。続くゆかでも「会場を盛り上げてやろう!」という気持ちで演技。まさに、体操を楽しみ尽くした結果の金メダルだった。
「実は今回のように『早く試合がしたい』『めっちゃ楽しみ!』という気持ちで、世界選手権に臨めたのは初めてのこと。復帰する前は、大会前にケガをすることが多く、いつも大きな不安を抱えて出場していたんです。
パリ五輪前も『代表に絶対になるぞ』という思いが強すぎて、変なプレッシャーがかかり、納得する演技ができなかった。やっぱり体操が好き、体操を楽しもうという気持ちが一番大事やなと、改めて実感しました」
近頃は、「今後の目標はロサンゼルス(五輪)出場か?」という質問も多くなった。しかし、五輪までの苦しい道のりを知るだけに、「前向きに考える」とだけ答えるようにしている。
「2年後のことを考え続けていたら、楽しく体操をする部分を見失ってしまいます。自分の一番のテーマは『楽しむ』こと。今やるべきこと、目の前にある目標をクリアしていって、気づけばロスにいたって感じに持っていけるのが理想です」
「自分のペースでいいんだよ」と若い選手たちに伝えたい

今年の目標に掲げるのは、9月に名古屋で開幕するアジア大会と、10月の世界選手権(ロッテルダム)の出場。特にアジア大会は、体操の普及につながるチャンスと気持ちも入る。
「昨年、東京で開催された世界陸上もめちゃめちゃ話題にのぼったし、自国開催のアジア大会もきっと注目されると思います。やはりスポーツの普及には、大きな大会で日本の選手が活躍するのが最も近道。だから、その大会で代表になるのが目標です。そして、昨年の世界選手権は種目別でメダルを獲れたうれしさと同時に、個人総合では獲れなかった悔しさもあったから、また挑戦したいな。両大会ともすごく楽しみなので、頑張りたい」
杉原は昨年、NHK杯で10年ぶりの優勝を決めた時から、「花が咲く時期は人それぞれやと思う」という言葉を、メディアやSNS、講演会などで発信している。
「やっぱり自分と人を比べて、『自分はできないんだ』と落ち込んだり、焦ったりしてしまう子どもたちや若い選手は多い。だけど、仮に今、成績が出なくても、きっとそれは成長の途中だから、自分のペースでいいんだよ、というメッセージを伝えたかった。
私が15歳の時は、女子の体操選手は高校生がピークだと言われていました。でも去年の世界選手権では、26歳で初めて自分がゆかの世界チャンピオンになれたし、個人総合でもロシアのアンジェリーナ・メルニコワ選手(大会には個人の中立選手として出場)が25歳で優勝しました。(体操選手の)ピークの年齢に対する常識も変わっていくのかなという風潮を感じます。
実際、10年前のNHK杯での自分と今の自分が戦ったら、絶対今の方が勝つ自信もある。早く咲く花もあれば遅く咲く花もある。何年後かは分からないけれど、必ず咲く時がくるから、目の前のことに一つひとつ取り組んでほしいな」
冒頭の種目別W杯コトブス大会。杉原は平均台で金メダルを獲得し、銀メダルに輝いたゆかと合わせて二つのメダルを獲得した。まさに快進撃ですね、と言うと「自分のなかでは絶賛、成長期中です」と笑う。
「でも、東京五輪後に、そのまま体操を続けていたら、絶対こんな風にメダルを獲れなかったと思う。一度、体操を離れたからこそ、今の自分があるんだって、すごく感じます」
「好き」と「楽しい」に満ちた、新生・杉原愛子の体操。消えることのない体操愛を胸に、これからも咲き続ける。
■杉原 愛子 / Aiko Sugihara
1999年9月19日生まれ。大阪府東大阪市出身。4歳で体操を始め、小学4年生の時に本格的に競技に取り組む。2015年のNHK杯女子個人総合で初優勝を果たすと、アジア体操競技選手権大会に出場し、団体総合と個人総合で金メダルを獲得した。五輪には16年リオデジャネイロ、21年東京と2大会連続で出場。22年6月の全日本種目別で選手として「一区切り」し、第一線から退くことを発表したが、翌年の同大会で現役復帰し、ゆかで2年ぶりの優勝を果たした。24年パリ五輪の出場は逃したものの、25年10月に行われた世界選手権の種目別ゆかで自身初の金メダルを獲得。充実した競技生活を送る一方、23年6月に株式会社TRyAS(トライアス)を設立。代表として、体操競技の普及活動に力を注いでいる。
(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
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