「COLUMN」記事
大事なのは「心を見える化」すること なくならない緊張と上手に付き合うための3つの方法
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2026.01.08

特集「アスリートの緊張対策」・メンタルヘルス専門家インタビュー第3回
どんなときも平常心で臨みたいのに、大事な試合や場面になると緊張からうまく動けなくなったり、ミスをしてしまったりする……。そんな悩みを抱える人は多いと思います。そこで、メンタルヘルスの研究者であり、スポーツ界のメンタルヘルスに詳しい小塩靖崇さんに、試合時の緊張の仕組みから対処方法までを、3回にわたり教えていただきます。第3回は、試合に向けて普段からできる、緊張をコントロールするための方法についてです。
◇ ◇ ◇
試合時の緊張と上手に付き合っていくためには、「自分はどんな場面で緊張しやすいのか」「そのとき、どんな工夫が助けになりそうか」を知っておくことがヒントになります。そのために、日々の中で取り入れやすい方法の一つが、心の状態を“見える形”にしてみることです。
第1回でお伝えしたとおり、不安やプレッシャーで気持ちがいっぱいになると、頭の中に余裕がなくなり、結果として体の動きに影響が出ることがあります。
こうした状態は、人によって感じ方や強さが異なりますが、「なぜ、緊張しているのかな?」と自分に問いかけながら、緊張につながっていそうなことを書き出してみると、「自分には、どんな対処の仕方が合いそうか」を考える手がかりが見えてきます。
では、誰もが実践できる、3つの方法を紹介しましょう。
HOW TO①:『SMHRT-1』で心の状態に気づく
まず紹介したいのは、IOC(国際オリンピック委員会)によるアセスメントツール、『SMHRT-1』(the IOC Sport Mental Health Recognition Tool 1)です。
『SMHRT-1』は、アスリート本人だけでなく、コーチ、家族、チームスタッフなど、選手を支える周囲の人たちが、心の不調や変化に早めに気づくために開発されたツールです。病名を決めたり診断を行ったりするものではなく、「気になるサインが出ていないか」「サポートが必要かもしれない状態ではないか」を確認するための“気づきのツール”として位置づけられています。
『SMHRT-1』では、「考え方(思考)、気持ち(感情)、行動の変化体の変化』といった、心の不調と関わりやすい経験やサインがリストとして示されています。これらはアスリートが「感じること」だけでなく、周囲の人が「気づくこと」も含めて整理されています。
SMHRT-1に含まれる質問項目は、一般の部活動生や選手にとっても、「今の自分の心の健康状態を振り返るためのチェックリスト」として参考にすることができます。特に「競技大会の前後」、「大きな試合が続く時期」、「ケガやリハビリ、環境の変化があったとき」など、心に負担がかかりやすいタイミングで見直すことで、「今の自分はどんな状態にあるのか」を考えるきっかけになります。大切なのは、結果の点数で良し悪しを決めることではありません。自分や周囲の人が、心の変化に気づき、必要に応じてケアや相談につなげていくことが、このツールの本来の目的です。

小塩靖崇, 小黒早紀, Gouttebarge V:日本語版SMHRT-1(Sport Mental Health Recognition Tool 1)
URL:(https://dryasutakaojio.com/tools/smhrt-1-ja/)
HOW TO②:心の状態を書き出して、自分を少し深く知ってみよう
次に、これまでの試合の中で、特に緊張した場面を一つ思い出しながら、ノートに自分の言葉で書き出してみましょう。
頭の中に浮かんでいることを言葉にしていくことは、心の状態を“見える形”にしていく作業です。「言葉にまとめる」ためには、いったん頭の中を整理する必要があります。そのため、書き出す作業を続けていくうちに、「自分はどんなことを考えていたのか」「どんな気持ちでその場に立っていたのか」を、少し距離をとって見られるようになる人もいます。こうした過程が、自分の心の状態を理解する手がかりになることがあります。
■書き出すときのヒント
まずは、次のような問いを参考にしてみてください。
・「どんな場面で、強く緊張したと感じたか?」
・「緊張していたとき、気持ちや考え方にどんな変化があったか?」
ここで大切なのは、うまく書こうとすることではなく、思い出せることを、そのまま自分の言葉で書くことです。さらに、試合のときの自分の状態についても、思い出せる範囲で書き足してみましょう。たとえば、次のような視点があります。
【例】
・体の状態(頭が重い、お腹が痛い、体が硬い、めまいがしたなど)
・練習の状況(準備が十分だったか、思うようにできていたか)
・調子の良し悪し
・ケガやリハビリの有無
・周囲からの期待やプレッシャー
・ライバルの存在
・その大会の位置づけ(大事な試合、初めての大会など)
・思いがけない成功や失敗
「何を書けばいいか分からない」と感じたときは、例えば、SMHRT-1の項目に含まれている視点をヒントにするのも一つの方法です。
■書き出してみると見えてくること
こうして書き出していくと、「自分はこんなときに緊張しやすいのかもしれない」と少しずつ自分の傾向が見えてくることがあります。たとえば、「失敗しそうだと感じて、自信が持てなかった」と気づいた場合には、「このプレーや動作を、もう少し練習しておこう」「体力面を整えておこう」といった、準備の方向性を考えるきっかけになります。
また、「試合中、チームメイトとの連携に不安があった」と感じた場合には、「普段の練習から声をかけ合ってみよう」など、コミュニケーションの面で工夫できることが見えてくるかもしれません。
緊張した試合だけでなく、SMHRT-1の結果で気になった項目について、「なぜこの項目が高く出たのだろう?」と考えながら、ノートに書き出してみるのも一つの方法です。こうした振り返りは、緊張への対処だけでなく、自分の心の健康状態を整え、パフォーマンスを支える土台づくりにも役立つことがあります。
HOW TO③:信頼できる身近な大人と話してみる

緊張の要因を言葉にして「見える化」できたら、それを誰かに話してみるのも一つの方法です。
スポーツに取り組んでいる人の中には、「監督やコーチにどう思われるだろう」「親に心配をかけてしまわないだろうか」といった気持ちから、不安や緊張を人に話すことにためらいを感じる人も少なくありません。
しかし、考えていることを言葉にして相手に伝える過程そのものが、自分の気持ちを整理する助けになることがあります。話しているうちに、ノートに書いたときには気づかなかった緊張の要因がはっきりしたり、「自分は何に一番引っかかっていたのか」を理解できたりするからです。
また、誰かに話すことで、必ずしも答えや解決策をもらう必要はありません。話を聞いてもらうこと自体が、気持ちの整理や視野の広がりにつながることも多く、「試合や競技にどう向き合えばよさそうか」を自分なりに考え直すきっかけになることがあります。
「誰かに気持ちを聞いてほしい」と感じたときは、自分が信頼できる大人を選んで相談してみましょう。
部活動生であれば、監督やコーチ、家族、あるいは保健室の先生もよいと思います。クラブチームや実業団の選手であれば、チームの運営スタッフやトレーナー、管理栄養士、ドクター、先輩アスリートといった人たちも、相談しやすい存在かもしれません。
話す内容によって「これは監督やコーチに話してみよう」「このことは家族に聞いてもらおう」「この話は匿名の相談窓口を使ってみよう」など、相手を選んで構いません。自分にとって話しやすい方法を選ぶことが大切です。
■緊張を「なくす」のではなく、扱いやすくする
人はどうしても、目の前にある大きなストレスを一気に取り除こうとしがちです。けれども、それを完全に取り除くことはとても難しい作業です。それよりも「心の状態を見える化」しながら、緊張や不安につながっている小さなストレスを一つずつ見つけ、対処していく方が簡単で現実的な場合があります。小さなストレスが少しずつ軽くなっていくと、結果として大きな負担が和らぎ、集中力を支える「ほどよい緊張感」だけが残ることもあります。
このように、緊張と向き合う方法を知っておくことは、競技パフォーマンスの向上につながるだけでなく、これから先の学校生活や仕事、さまざまな場面で力を発揮する助けにもなります。緊張を感じる経験そのものも、競技を通して得られる大切な学びの一つと言えるでしょう。

■小塩靖崇 / Yasutaka Ojio
東京大学スポーツ先端科学連携研究機構(UTSSI)特任講師。三重大学医学部看護学科卒業後、病院での臨床経験を経て、東京大学大学院教育研究科にて博士号(教育学)を取得。2017年より国立精神・神経医療研究センターにて、若者のメンタルヘルス教育および研究に従事。健康教育学を専門とし、教育現場やスポーツの場におけるメンタルヘルス教育プログラムの開発、学校教員向けの教科書執筆などに携わっている。また、アスリートと協働で進めるメンタルヘルスプロジェクト『よわいはつよいプロジェクト』に研究の観点から関わっている。近著に『10代を支えるスポーツメンタルケアのはじめ方』(大和書房)、『PDPの教科書―アスリートを支える新しいカタチ』(大修館書店)。
(W-ANS ACADEMY編集部)
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