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スポーツ界のハラスメントを防ぐには? 選手、指導者の双方を守るために大切な3つの視点

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スポーツ界のハラスメントを防ぐには? 選手、指導者の双方を守るために大切な3つの視点

著者:W-ANS ACADEMY編集部

2026.10.30

【写真:写真AC】
【写真:写真AC】

特集「スポーツ界のハラスメントを考える」第1回基礎編

 スポーツ界が抱えるパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントは、国際的な課題の一つです。それと同時に、競技レベルや年代を問わず、ある日突然、自分や周囲の人にも起こる可能性がある、とても身近な問題でもあります。そこで、ハラスメントの予防や解決のために、私たちが知っておくべきこと、できることについて、スポーツ界の人権問題に詳しい中京大学の來田享子教授に話を伺いました。誰もが安心してスポーツに取り組める環境づくりについて、一緒に学んでいきましょう!(全5回の1回目)

 ◇ ◇ ◇

 皆さんは「セーフスポーツ」という言葉を、耳にしたことはありますか?

「セーフスポーツ」とは、IOC(国際オリンピック委員会)が掲げる統一声明で、誰もがスポーツ参加の恩恵を十分に受けられ、心身ともに安全で、支援的な環境でスポーツに取り組めることを目指す考え方です。体罰や暴力を含むハラスメント、虐待を防ぎ、誰もが安心してスポーツに参加できる環境をつくることは、国際的にも重要な課題となっています。

 スポーツにおけるハラスメントを考えるうえで、大切だと思うのは、個々の行為だけを取り出して判断するのではなく、「何が原因で起きたのか」「どのような形で起きたのか」「どのような影響をもたらしたのか」という3つの視点を組み合わせて考えることです。

 例えば、指導者が選手に暴言を浴びせたという事例があったとします。その言葉がどのようなものだったかだけでなく、指導者と選手の間にどのような力関係があったのか、差別や偏見が関係していなかったか、そして選手本人やチームにどのような影響が生じたのかまで考える必要があります。ハラスメントが起きると、「あの指導者は暴力的な人だから」「しごきが伝統的に行われてきたチームだから」というように、特定の人物や起きた事柄そのものに原因を求めがちです。

 しかし、重要なのは、その背景にある差別の枠組みや力関係など、ハラスメントを起こしてしまう構造です。例えば、指導者が選手に暴言を吐いた場合、なぜ選手は反論できなかったのか。チームに異議を唱えられない空気はなかったか。指導者の言動を周囲が止められない力関係になっていなかったか。こうした問いを立てることで、行為を個人の問題として片づけず、ハラスメントを生み出した環境にも目を向けることができます。

 こうして背景や影響を含めて捉えることで、なぜハラスメントが繰り返されたり、周囲に見過ごされたりしたのかが見えてきます。それは、起きたことへの対処だけでなく、予防や再発防止、早期解決にもつながります。ハラスメントは、起きてから対処すればよいというものではありません。起こりやすい環境そのものを変え、問題が起きる前から対策を講じること。そのための基本となるのが、セーフスポーツの考え方です。

この3つの視点を踏まえて、スポーツ界でハラスメントが起こる背景を考えていきましょう【画像:取材内容と來田(2025)図をもとに作成】
この3つの視点を踏まえて、スポーツ界でハラスメントが起こる背景を考えていきましょう【画像:取材内容と來田(2025)図をもとに作成】

指導者と選手の明確な上下関係が影響することも多い

Q1.ハラスメントは、なぜ起こるのでしょうか?

A.原因を特定の人物や組織だけに求めるのではなく、背景にある差別や権力構造に目を向けることが重要です。

 ハラスメントと聞くと、指導者が選手を殴る、怒鳴る、厳しい言葉で追い詰めるといった、目に見える行為を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、ハラスメントは身体への暴力だけではありません。見た目や身体的特徴への不用意な言及、一方的な指導による心理的な攻撃、無視や仲間外れなど、目に見えにくい問題も数多くあります。

 IOCが示すセーフスポーツの考え方では、人権侵害が起きる背景にある差別にも注目します。例えば、性に関わる差別には、身体的性、ジェンダー、性的指向に関するものがあります。身体的性に関しては、トランスジェンダーやDSD(性分化疾患)の人たちが差別を受けやすい面があります。また、「男らしさ」「女らしさ」といったジェンダー規範が、差別につながることもあります。性的指向に関する差別も、その一つです。

 ほかにも、年齢、競技力、競技経験、障害の有無、人種、民族、出身地、宗教、社会経済的な地位など、さまざまな属性が差別の枠組みになることがあります。複数の要素が重なり合い、差別や不利益につながる場合もあります。

 スポーツハラスメントを理解するには、誰が何をしたかだけでなく、どのような差別や力関係がその行為を許し、繰り返させていたのかを考えることが大切なのです。

Q2.スポーツ界では、どのようなハラスメントが起こりやすいの?

A.身体に関わるハラスメントが起こりやすく、指導者と選手の力関係やジェンダー規範が影響するケースも多くあります。

 スポーツの現場には、一般の職場とは異なる特徴があります。その一つが、身体を通して指導する文化です。

 競技力を高めるためには、選手の身体の状態や動き、体調を把握する必要があります。技術や知識を伝えるうえで、身体に直接触れたり、体重や体格について話したりする場面もあります。身体に関する情報を扱うこと自体は、スポーツ指導に欠かせません。

 しかし、それが「スポーツなのだから、身体のことは何でも言っていい」という誤った認識につながると、ハラスメントの温床になってしまいます。競技力を高めるために身体の状態を確認することは必要ですが、指導という目的があれば、何を言っても、何をしてもよいわけではありません。身体に関する言葉や接触であっても、相手の尊厳を傷つけたり、本人の意思を無視したりすれば、問題になります。

 もう一つの特徴は、指導者と選手の間に明確な上下関係があることです。

 指導者は、練習内容や試合への出場機会などに影響を及ぼす立場にあります。選手が指導者に逆らうことで不利益を受けるのではないかと不安を抱けば、不適切な言動に対しても「嫌だ」と言えなくなることがあります。

 選手は競技力を高めるために指導者から学びますし、試合に出られるかどうか、競技を続けられるかどうかが、指導者の判断に左右されることもあります。こうした関係のなかでは、選手が指導者に異議を唱えたり、自分の気持ちを伝えたりすることが難しくなりがちです。これは、指導者と選手の性別に関わらず起こり得る問題です。

 さらに、ジェンダーに関する社会規範も影響します。

 例えば、男性は強く支配的なリーダーであるべき、女性は素直で反抗しないことが望ましい、といった価値観です。こうした考え方がスポーツ界にも持ち込まれると、指導者の支配的な態度が「強い指導力」として肯定され、選手の主体性が抑え込まれてしまうことがあります。

 もちろん、男性の指導者がすべて支配的ということではありません。問題なのは、性別に対する思い込みや、社会に根強く残るジェンダー規範が、指導者と選手の関係に影響を及ぼすことです。

 身体が介在するスポーツ特有の文化、指導者と選手の力関係、そしてジェンダー規範。こうした要素が重なり合うことで、ハラスメントが起こりやすくなったり、問題が見過ごされたりすることがあるのです。

「指導の目的を選手と共有できているか」が一つの判断基準

Q3.必要な厳しい指導とハラスメントの違いは?

A.指導の目的が選手と共有されているか、選手の尊厳が守られているかが重要です。

 スポーツの現場では、「強くなるためには厳しい指導が必要だ」という考え方が根強く残っています。もちろん、競技力を高めるために、厳しい練習や耳の痛い指摘が必要な場面はあります。しかし、厳しい指導とハラスメントは同じではありません。

 一つの判断基準となるのが、指導の目的を選手と共有できているかどうかです。競技力の向上を目指すのであれば、何を改善する必要があり、そのためにどのような練習やルールが必要なのかを、選手と話し合うことができます。指導者が一方的に命令し、選手が理由も分からないまま従うだけの関係とは異なります。

 また、選手の尊厳が守られているか、選手が疑問や不快感を伝えられる関係になっているかも重要です。指導者が「選手のためだ」と思っていても、選手の声に耳を傾けず、一方的に従わせているのであれば、立ち止まって考える必要があります。

 ハラスメントを訴える人の声を封じてはいけません。訴えた側の話を最初から疑ったり、事実を確認しないまま何かを決めつけたりすることは避けなければなりません。

 一方で、ハラスメントへの意識が高まるなか、指導者が「何でもハラスメントとして訴えられるのではないか」と不安を感じ、過度に萎縮して必要な指導までできなくなってしまうことも問題です。

 大切なのは、選手が安心して相談できる仕組みを整えること。そして、訴えがあった時には、その声を丁寧に聞き、公平に事実関係を確認することです。専門的な知識を持つ人が適切に判断できる体制をつくることは、選手と指導者の双方を守ることにもつながります。

Q4.ハラスメントを防ぎ、誰もが安心してスポーツに取り組める環境をつくるには?

A.個人の意識を変えるとともに、互いを尊重し、声を上げやすい環境を作ることが大切です。

 残念ながら、ハラスメントや虐待は今も世界中で起きています。問題を解決するには、幼い頃からの“人権に関する教育”が欠かせません。スポーツ界の取り組みだけで、ハラスメントを生む社会の構造そのものを変えることは難しいでしょう。

 しかし、スポーツ界だからこそできることもあります。その一つが、選手、指導者、チーム、競技団体がそれぞれ相手を尊重し、対話を積み重ねることです。

 歴史をさかのぼると、スポーツのルールは本来、参加する人々が楽しみ、よりよい環境をつくるために、話し合いながら形づくってきたものです。そうした積み重ねが、誰もが安心してスポーツに取り組める環境につながります。そのためには、個人の意識を変えるだけでなく、声を上げやすい環境や、問題を組織として解決できる仕組みをつくっていくことが必要です。

 例えば、選手が「それは嫌です」「納得できません」と言えること。指導者がその声を受け止め、自らの指導を見直せること。周囲のスタッフやチームメイトが異変に気づき、支えること。こうした取り組みは、今日からでも始められます。

 目の前で不適切な言動があった時に、見て見ぬふりをしない。困っている人がいたら声をかける。そして、問題が起きた時に相談できる仕組みを整える。そうした一つひとつの行動が、環境を変えていきます。

 誰かが我慢することで成り立つスポーツではなく、誰もが安心して参加できるスポーツへ。指導者と選手が互いを一人の人間として尊重し、選手が声を上げられること。そして指導者も、自分の言動を振り返り、必要であれば修正できること。そうした関係をつくっていくことが、ハラスメントの予防につながるのです。

教えてくれたのは…

■來田享子 / Kyoko Raita
中京大学副学長、スポーツ科学部・大学院スポーツ科学研究科教授。博士(体育学)。日本体育・スポーツ健康学会、日本スポーツとジェンダー学会会長。日本オリンピック委員会理事、日本陸上競技連盟常務理事。神戸大卒、中京大大学院博士後期課程修了。2008年より現職。オリンピック史やスポーツにおけるジェンダー問題を専門とする。中京大学スポーツミュージアム館長。『よくわかるスポーツとジェンダー(ミネルヴァ書房)』でJSSGS学会賞受賞。国際オリンピック史家協会“Vikelas Plaque”受賞。

(W-ANS ACADEMY編集部)

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