「COLUMN」記事
大事な場面でなぜ体が硬くなる? 約640種類のストレスに直面、アスリートが持つべき大切な心構え
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2026.01.07

特集「アスリートの緊張対策」・メンタルヘルス専門家インタビュー第1回
どんなときも平常心で臨みたいのに、大事な試合や場面になると緊張からうまく動けなくなったり、ミスをしてしまったりする……。そんな悩みを抱える人は多いと思います。そこで、メンタルヘルスの研究者であり、スポーツ界のメンタルヘルスに詳しい小塩靖崇さんに、試合時の緊張の仕組みから対処方法までを、3回にわたり教えていただきます。第1回は、緊張で体がうまく動けなくなる仕組みと、スポーツパフォーマンスにおける「心(メンタル)の大切さ」についてのお話です。
◇ ◇ ◇
「ここでゴールを決めなければいけない」「この大会で何としてもメダルを勝ち取らなくてはいけない」「家族が応援に来ている」「スカウトやスポンサーが観ている」から、「絶対に結果を出さなければいけない」――。部活動の大会か、トップアスリートの世界大会かに関わらず、試合時に選手にかかるプレッシャーは大きく、皆、常に緊張と向き合っています。
大事な試合で緊張するのは特別なことではありませんが、一方で大きすぎる緊張はプレーに影響します。練習でできたこともできなくなり、「体や頭が動かない」「思わぬミスをしてしまう」などと悩まれる方は多いと思います。
このように、試合中、過度な不安や緊張を含むさまざまな要因が影響し合い、本来のパフォーマンスを発揮できなくなる状態を「メンタルブロック」といいます(野球では「イップス」という言葉でも知られています)。「メンタルブロック」ははっきりした一つの原因ではなく、過度なストレスや不安・恐怖などの心の状態、体の状態や動き、そのときの環境など、いくつものことが重なって起こると考えられています。
「メンタルブロック」については、さまざまな見方がありますが、今回はその一つとして、脳のはたらきの面から説明しましょう。
プレーに集中しているとき、脳は体を動かすことに力を使い、運動パフォーマンスを発揮するために働いています。そのため、今持っている力をスムーズに発揮することができます。
ところが、プレッシャーや不安、心配事といった様々な感情や情報が一度に押し寄せると、脳は「運動パフォーマンス」と「気持ちや情報への対応」を同時にこなそうとします。その結果、体の動きに集中しづらくなり、運動パフォーマンスが落ちやすくなることがあります。
多少の緊張であれば、脳もうまく対応できます。しかし、緊張や不安・プレッシャーがあまりに大きい場合、脳は気持ちへの対応に忙しくなってしまい、脳は「どうすればいいんだ!」とパニックに。その結果、体が硬くなったり、思うように動かなくなったりすることがあるのです。
“心”が土台となる「心技体」の新しい見方

スポーツでは「心技体」という言葉がよく使われています。これは、心と技術と体力が三つそろったときに、はじめて自分本来の力を発揮できる、という考え方です。
「心技体」は、三つを同じ大きさで並べて表されることも多いですが、ここでは新しい見方をしてみます。それは「心(メンタル)」を土台として、その上に「体」や「技術が積み重なっている」という見方です。
土台がしっかりしていれば、その上にあるものは安定します。同じように、心が落ち着いていると、体は動きやすくなり、これまで身につけてきた技術も生かしやすくなります。
逆に言うと、心(メンタル)が大きく揺らいでしまうと、どれだけ体力や技術があっても、それを十分に発揮することが難しくなります。だからこそ、どんな状況でもできるだけ心を安定させておくことは、スポーツの試合においてとても大切だと考えられます。
では、この「心(メンタル)」という土台を整えるためには、どうすればよいのでしょうか。
私たちはよく「心が弱い、強い」と言いますが、メンタルは技術や体力のように、ただ鍛え上げるものとは少し違います。むしろ大切なのは「ケア」をすることです。
ここでいう「ケア」とは、「心の不調や強すぎる緊張を予防する」、「不安やプレッシャーを感じたときにうまく対処する」、「心の状態を回復させる」ことを指します。つまりプレッシャーや不安にどう向き合い、緊張をどう扱うのかを知り、身に着けることがメンタルを整えることにつながるのです。
アスリートには心の不調につながるストレスを感じる場面が、さまざまあることが知られています。ある研究では、その要因は約640種類にも上るとも言われています。
心身にかかるストレスを完全になくすことはできません。だからこそ大切なのが、ストレスをなくそうとするのではなく、メンタルをケアしながら付き合っていくことです。メンタルを適切にケアすることで、緊張の大きさを和らげ、自分の力を発揮しやすい状態をつくることができます。次回は、そうした具体的なメンタルケアの方法についてお話ししていきます。

■小塩靖崇 / Yasutaka Ojio
東京大学スポーツ先端科学連携研究機構(UTSSI)特任講師。三重大学医学部看護学科卒業後、病院での臨床経験を経て、東京大学大学院教育研究科にて博士号(教育学)を取得。2017年より国立精神・神経医療研究センターにて、若者のメンタルヘルス教育および研究に従事。健康教育学を専門とし、教育現場やスポーツの場におけるメンタルヘルス教育プログラムの開発、学校教員向けの教科書執筆などに携わっている。また、アスリートと協働で進めるメンタルヘルスプロジェクト『よわいはつよいプロジェクト』に研究の観点から関わっている。近著に『10代を支えるスポーツメンタルケアのはじめ方』(大和書房)、『PDPの教科書―アスリートを支える新しいカタチ』(大修館書店)。
(W-ANS ACADEMY編集部)
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