「INTERVIEW / COLUMN」記事
ナプキンの漏れ、ズレ、気になった男子の目 部活中「トイレに行ってきます」が言いづらかった――元陸上オリンピック選手・室伏由佳さん
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2023.05.30
月経

【インタビュー前編】アテネオリンピック出場・室伏由佳さんの現役時代の経験談
陸上競技女子ハンマー投げアテネオリンピック日本代表であり、女子円盤投げ・ハンマー投げの元日本記録保持者でもある室伏由佳さん。中学生から陸上を始めて以降、35歳で引退するまでの間に、貧血、そして複数の婦人科系の疾患を次々と発症。オリンピックや世界選手権に出場するなど、選手として活躍していた裏では、重い婦人科系の病に苦しむ日々を送っていました。「女性であれば一度は、自分の生理としっかり向き合ってほしい」という室伏さん。インタビューの前編では、現役時代の経験をお話ししてくれました。
◇ ◇ ◇
――まずは10代の頃の生理について伺います。初潮を迎えたのはいつ頃ですか?
「中学1年の終わりです。初潮を迎える前はナプキンを巾着袋に入れてトイレに行くクラスメートの姿を、『私、まだあれやってない!』とうらやましいような気持ちでみていました。『私にも本当に生理が来るのかな』という不安も感じていたことを覚えています」
――中学時代は短距離の選手でした。生理が来た後、体調の変化や競技への影響を感じましたか?
「私の場合、10代の頃の生理痛は、体が重だるく感じる程度だったので、体よりも心への影響が大きかったです。例えば、当時、部活動のときはブルマーを着用。部活の決まりでTシャツは必ずパンツにインしなければいけなかったので、ナプキンの漏れやズレ、衣服に月経血がにじんでいないかが本当に気になりました。スターティングブロックを使うときは、お尻を高く上げますし、男子の目も気になりましたね」
――体調よりも周囲の視線が気になっていた。
「そうですね。思春期ならではの、精神的なガマンが大きかったです。例えば、漏れが心配でも練習中に『トイレに行ってきます』とは言いにくかった。トイレに行くことは禁止されていないのですが、部活動は集団意識が強いので、みんなと違う行動をすると目立ちますよね。トイレに行きたくても、『走り込みの練習中に外れたら、みんなに何て思われるのかな……』などと考えてしまう。大人なら『トイレ行ってきます!』と躊躇なく言えますが」
――精神的な影響は、競技にも影響していたと思いますか?
「自分としては競技に集中しなければいけないし、割り切っているつもりでした。でも、集中しきれない要因にはなっていました。走るときもナプキンのズレや漏れを気にしていましたから、力を発揮できるフォームで走っていたかどうかも怪しかったと思います。今はブルマーでない学校も多く、ナプキンいらずのショーツや、スポーツ用のナプキンなどがあってうらやましいです(笑)」
――強い生理痛はなかったとのことですが、部活動中に漏れが気になるほど、経血量は多かったのでしょうか?
「生理初日から2、3日目ぐらいまでは、1時間に1回取り替えないと漏れてしまう時もありました。そう思うと過多月経(※)だったのではと思います。ただ、チームメートのなかには『朝起きたら、経血でベッドが真っ赤になっちゃう』という子もいたので、『自分はそこまでではないから普通なのかな?』と思い込んでいました」
※過多月経 経血量が多く、レバー状の地のかたまりが出る、8日以上月経が続くといった症状があり、貧血になる恐れもある
オリンピック選考会の前年に「器質性月経困難症」が判明

――貧血の症状もありましたか?
「実は中京大学入学時の健康診断で、治療が必要なほど重度の貧血だとわかるのですが、おそらく当時から貧血だったと思います。というのも、生理が来るようになり、練習についていけなくなったんですね。それこそ、グラウンドを一周しただけで息切れしてしまい、まともにトレーニングができませんでした。これは、月経による鉄の喪失と、トレーニングによる大量のエネルギー消費に見合った栄養摂取ができていないことが原因であることが多いですが、私もその状態でした。
でも、周囲からはサボっていると思われ、『ちゃんとやろうよ』と言われてしまう。実際は手を抜かないとついていけなかったので、ずっと『私は競技者として力がない』と思っていましたね」
――室伏さんは、高校で円盤投げに転向。大学から本格的にハンマー投げもスタートし、以降、この2種目で日本のトップ選手として活躍されます。しかし、大学卒業後から、月経による不調が現れたそうですね。
「はい。PMS(月経前症候群)と機能性月経困難症……いわゆる生理痛です。ただ、後にわかるのですが、私の場合は器質性月経困難症といって、原疾患のある病が原因の生理痛でした」
――それが発覚したのは26歳になる頃です。翌年に2004年アテネオリンピックの選考会を控えた大事な時期ですよね。
「そうです。生理の直前から始まった頃に、急に腹痛や排便痛が起きるようになり、3か月目には起きられないほどの強い痛みになりました。ひどい日は、息をするだけでも痛いので、トレーニングどころか日常生活さえ普通に送れません。毎回、歩けなくなるほどの痛みを感じながら、これからどうなるのかな? 私は競技を続けられるのだろうか? と、生理が恐怖に変わりました。そして、ひどい痛みで身動きができなくなり初めて、レディースクリニックに駆け込み受診しました」
――当時、社員選手として実業団チームに所属していましたが、チームやスポーツ関係者から紹介されたクリニックでしたか?
「いえ、自分で見つけた近所のクリニックです。お洒落なたたずまいのクリニックだったので、そこを通るたびに『万が一、婦人科のことで受診するようなことになった場合はここがいいな』と以前から思っていたところでした。クリニックでは特に疾患が見つからなかったのですが、高熱もあったので『必ず原因があるはず』とそこのお医者さんが紹介状を書いてくださり、すぐに総合病院で精密検査を受けました。
それでも原因がわからず、今度は父の紹介で大学病院へ。腸内検査等してもやはり異常が見つからず、あらゆる病気の可能性をつぶした結果、再び同大学病院の婦人科で内診をしてもらうことに。そこで、子宮内膜に子宮頚部まで伸びるように成長している、良性ポリープが見つかりました」
――ポリープが原因の痛みだった?
「はい。ポリープ自体はそうした激痛の要因ではないのですが、ポリープが子宮頸部に栓をするように大きくなり、月経血の通り道をふさいでしまった。それで、出血不全を起こし、痛みが起きていたのだろうと診断されました。検査の際、たまたまポリープの先が少し取れたため、以降、月経血の通り道ができたためか、歩けないほどの痛みはなくなりました。
医師からは『またポリープは大きくなって悪さをするだろうから、早めに切除した方がいい』と言われましたが、『今、処置をして、果たして練習はできるのだろうか』とためらい、1年近く悩み決断できず。結局、月経時の不調は避けられず、オリンピック選考会の3か月前にポリープを切除しました」
PMSがひどく体が言うことをきかない コーチである父にあたった選手時代

――それでも、処置をした3か月後にはハンマー投げで日本記録を樹立。アテネオリンピック出場も決めます。
「記録は出ましたが、実はポリープを切除した後、これで済んだと思っていた矢先に、今度は吐き気やむかつき、むくみといった、月経前の不調(PMS)がひどくなるという、別の悩みが表れ、生理前になると著しく練習や試合での記録が落ちるようになりました。トレーニングをして、調子を上げなければいけないのに、生理前になると体が言うことをきかなくなる。イライラしたりすごく不安になったりして、選手時代はコーチである父に、ずいぶん当たりました」
――具体的にはどんな風に競技に影響したのでしょうか?
「私の取り組んでいた円盤投げ・ハンマー投げは、かなり機敏な動きが求められました。例えば、つま先の底背屈を速やかに繰り返して地面反力を得ながら力を発揮しますが、生理中はどうしても下肢がむくんで機敏に動かず、動作のタイミングがずれてしまいます。
さらに、オリンピック後から腰痛症も悪化。仕方なくトレーニング量を半分にしていたこともあります。腰痛症でただでさえ練習計画はうまくいかないうえ、生理が訪れるタイミングで不調に陥り、追い込み時期に練習量を落とすこともありました。結果、練習で十分に能力を高められなかったり、大会に最大のピークを合わせたりが難しいことが多々ありましたね」
(後編へ続く)
【プロフィール】室伏 由佳 / Yuka Murofushi
順天堂大学スポーツ健康科学部・大学院スポーツ健康科学研究科准教授、スポーツ健康科学博士。女子円盤投げ・ハンマー投げの元日本記録保持者。1977年、静岡県沼津市生まれ。中学生時代から陸上競技を始める。女子ハンマー投げ日本代表として、2004年アテネオリンピック出場。2012年に競技を引退。アンチ・ドーピング教育、スポーツ心理学、痩せた若い女性の健康課題に関する研究課題を研究するとともに、スポーツと医学、健康などをテーマに講演や実技指導など幅広く活動している。また、婦人科疾患を経験し、選手時代から女性アスリートの健康課題に関する啓発活動に携わる。
(W-ANS ACADEMY編集部)
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