「INTERVIEW / COLUMN」記事
日本最速ランナーが持つ「食」の意識 知識を得たからわかる、脂分摂取は「ストレスにならない」――陸上中長距離・田中希実選手
著者:浜田 洋平
2024.12.13
コンディショニング
体重管理
食事

自ら勉強したスポーツ栄養学「役割を理解したら『悪いことじゃない』と思える」
陸上女子中長距離で世界と戦う田中希実選手。2021年東京五輪は1500メートルで日本人初となる8位入賞の快挙を果たし、今夏のパリ五輪では1500メートルと5000メートルに出場するなど、1大会で複数種目に出場するランナーとして知られています。短期間で何本ものレースを走るトップアスリート。自ら考えて栄養を摂る大切さなどについて伺いました!
◇ ◇ ◇
――トップ選手としてコンディショニングに対する意識が高い印象です。自ら考える大切さを知ったきっかけはありますか?
「家庭環境もありますが、高校の部活でもそこまで管理される環境ではなかったのが逆に良かったです。中学は結果を残すために我慢するというより楽しむ方がメイン。高校から駅伝部でストイックな環境で揉まれます。でも、食事管理は各自に任されていた分、勝つためにはどうすべきか、自分で自然と考えるようになっていったと思います。自分で最適解を見つける作業が特に多かったですね」
――栄養に関する知識はどうやって学んだのでしょうか。
「小学生の時は半年に1回くらいヒマワリの塗り絵が配られていました。花びらが黄色、真ん中が赤、葉っぱや茎が緑。(摂った食事に合わせて)毎日塗れたらヒマワリが完成する。栄養を意識する週があったので、赤、黄、緑の食材が大切なのは小学生からインプットされていました。
今思えば中学ではビュッフェの取り方があまりうまくなかったですね。駅伝の時にみんなで泊まりがけで行っても、翌日試合だろうが関係なく、栄養バランスも何も考えずに食べたいものめっちゃ食べていました(笑)。高校からは『勝つためには』と考え始めて、量や栄養バランスも意識しました。赤、黄、緑の他にタンパク質、炭水化物、野菜も大事にしようと考え始めましたね。
3年生で大学受験をする時、スポーツ学部に入るにあたって、面接や論文でスポーツ栄養に関して書く場面があると思ったので、前もって勉強しました。大学(同志社大スポーツ健康科学部)で改めてスポーツ栄養学の講義を受けて、より詳しい栄養素について知りました。段階的にインプットされてきたと思います。今もネットで調べることがありますね」
――習ったことを実践すると、何か変化はありましたか?
「高校時代にただただ太っちゃダメと思っていた時は『脂分はダメだから普段は我慢』という考えでした。でも、それぞれの栄養素の役割をしっかり理解し始めたら、『これを摂ることは悪いことじゃない』と思えます。悪い部分だけではなく良い部分も知っているからなのか、その良い部分が栄養素として機能している感じがありました。
だから、脂は美味しいというのはあるけど、しっかりエネルギー源としての役割も意識しながら摂れば、走りながらスタミナがついている感覚があります。練習後すぐに食事を摂った時は『壊された筋肉がすぐに修復できるな』と思いながら食べれば、翌日しっかり回復している感じがしたり。そういう意識で食べるのも凄く大事ですし、意識するためにも知識が必要なんだなと凄く感じました」
意識が高まったことで練習の質も変化「継続のしやすさが生まれる」

――やはり自分で考えず人に言われて摂るよりも、自ら意識した方がアスリートとしての成長度合は変わるものでしょうか?
「そうですね。人に準備されていたら食事が義務になってしまうと思いますが、自分で選んで食べていたらそれは義務じゃなく『このために』とか、自分で食べたいという思いを持って食べられます。変なストレスにはならないし、かえって身になるのではないかなと思います」
――意識が高まったことで練習の質でも変化を実感されましたか?
「炭水化物をスタミナのためと思って摂った場合、練習でもバテにくい感じがあったり、タンパク質をしっかり摂っていたら筋肉も疲れにくい感じがあったり。疲れてもすぐに回復する感覚があるので、確かに練習の継続しやすさが生まれていると思います」
――コンディショニングがうまくいかず、伸び悩む選手は多いのでしょうか?
「高校時代によく疲労骨折をする子がいましたが、その子は中学から食事を抜くことがあったそうです。そういうことが積み重なって、高校で疲労骨折として発現してくる。成長期にしっかり食べることは大事なんだなと。確かに成長期に食べすぎたら、それを境に凄く太ってしまう子はいると思います。でも、やっぱり将来的な健康の方が大事。改めて苦労している子を見て感じました」
――海外選手の食事への意識はいかがでしょうか?
「本当に栄養素を考えているのか謎な部分が多くて(笑)。極端な例だと、アメリカの選手はピザばかり食べています。宅配サービスで大会会場にピザとドーナツが届くんです(笑)。チームごとにお弁当のような感覚で食べるのが日常。トップ選手でさえもパスタだけ、ポテトだけをモリモリにする選手がいたり。味が偏るし、食事として楽しいのか、栄養バランス的にどうなのかというのはありますね(笑)。
逆にケニアの選手はあまり食べないのに凄くスタミナがある。不思議な部分が多いです。もしかしたら遺伝的な要素があるのかもしれません。彼らはそれで栄養が生み出せる。だから日本人は日本人に合った栄養素があるし、私も日本人の中ではかなり欧米チックな食事をしていますが、幼少期からそうしているからそれでエネルギーが生み出せる体になっただけかもしれない。
いきなり私と同じ食生活にしても、ずっと和食で育ってきた方はダメというのがあると思います。海外選手を見ていても人それぞれ。結果的にエネルギーに繋がっていればそれでいいし、その人に合っているかが一番大事ですね」
体重管理に過敏になってしまう中高生へ「人間としての当たり前を抑える方が不自然」

――食事を楽しむことの大切さを知ったのも高校生頃でしょうか?
「食べること自体は小、中と好きになっていったんですけど、高校は特に我慢することが今までの人生で一番多かったと思います。中学まではスイーツをそこまで制限していなかったので、スイーツへの欲が全然ありませんでした。高校で意識的に我慢する分、スイーツ欲が凄く出てきてしまう。それ以来、スイーツ好きになりましたね」
――食事に関してどんな時が一番楽しいですか?
「選ぶ時が一番楽しいかもしれないですね。今日は何を食べようかなって考える時間が楽しいです。練習前とか、ビュッフェ会場に行った時に『どれにしようかな』と持っていく時です」
――ケニア合宿に行くことも多いと思います。特別に持っていくものや、現地での食生活について教えてください。
「フリーズドライを持っていきますが、私の宿舎は1日3食しっかりとしたものが出るので、あまり使う機会がなかったですね。逆にケニア料理が結構好きで。『ケニアに来たからにはこれを食べないと』という感じです(笑)。チャパティとか、マンダジという揚げパンのようなものが凄く好き。なかなかケニアでしか食べられないので」
――体重管理が必要なアスリートですが、ストレスにならないようにする折り合いの付け方はありますか? 食事の楽しみ方など、部活生たちの参考になるかもしれません。
「自分で調べることは大学生くらいから少しずつ増えていきましたし、美味しいお店がどこにあるのかも含めて発見が増えます。それに付随して食べることがどんどん好きになったり、どこの土地に行っても何が美味しいのかなって調べるのが楽しくなったり。だから、海外遠征と食事がセットになり始めてから、食事はより好きになったのかなとは思います」
――体重コントロールに対して過敏になってしまう中高生にアドバイスをお願いします。
「小、中、高は成長期なので、体重が増えやすいのは仕方ないです。人間として普通に成長する過程で当たり前にあることを抑え込む方が不自然。それは将来的に良くないし、人として当たり前に楽しむという経験できないのと一緒です。
勝つために何かをやるのはとても大切ですが、勝つことだけが全てになってしまう。勝てない時が続いたら何のために我慢していたのか、そもそも何のために競技をしているのか、生きている意味自体も問われてきてしまいます。それなら普通に走っている時間、食べている時間そのものを大事にした方がいいのではないでしょうか」
――ありがとうございました!

■田中 希実 / Nozomi Tanaka
1999年9月4日、兵庫・小野市生まれ。ランニングイベントの企画・運営をする父、市民ランナーの母に影響を受け、幼い頃から走ることが身近にある環境で育った。中学から本格的に陸上を始め、兵庫・西脇工高に進学。同志社大を経て、豊田自動織機へ。2023年4月からNew Balance所属となり、プロ転向した。東京五輪は1500メートルで日本人初の8位に入賞するなど、複数種目で日本記録を保持している。パリ五輪でも1500メートルと5000メートルの2種目に出場。陸上界を代表する選手として世界に挑戦し続けている。
(W-ANS ACADEMY編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)
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