「INTERVIEW / COLUMN」記事
「え、ちょっとヤバいぞ」血液検査で知った現実 卵子凍結で手にした、人生を天秤にかけない生き方――柔道・角田夏実
著者:長島 恭子
2026.03.03
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「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」1日目 角田夏実インタビュー前編・卵子凍結
「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートがインタビューに登場します。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントとなる内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。
1日目はパリ五輪柔道女子48キロ級で金メダルを獲得した角田夏実さんが登場し、「卵子凍結」をテーマに語ります。考え抜いた末に昨年実施したことで、今後のキャリアに対する不安を払拭することができたという角田さん。前編では、卵子凍結を考え始めたきっかけや転機などに触れ、競技に打ち込む上で“不安を取り除くこと”が、いかに大切かを伝えています。(取材・文=長島 恭子)
◇ ◇ ◇
「私たち、現役を続けるなら“ランシトウケツ”をすることも考えたほうがいいのかもね」
パリ五輪柔道女子48キロ級金メダリストの角田夏実さんが、「卵子凍結」という言葉を初めて意識したのは、パリ五輪の1年ほど前。仲間との雑談のなかだった。
「道場にはお子さんを連れて練習に来る先輩もいます。子ども可愛いよね、という話から、『結婚とかどうする?』『でも現役やってたら難しいよね』という流れになったんです。
その時、先輩から『知り合いに卵子凍結をした人がいるよ』という話が出ました。興味があったので調べてみると、ホルモン調整が必要とある。五輪前に体を変えることは怖かったので、終わってからちょっと考えようかな、と思いました」
2024年夏、角田さんは長年、目標にしていた五輪の大舞台に立ち、日本柔道女子で史上最年長の31歳11か月で金メダルに輝く。休養期間を経て迎えた25年2月のグランドスラム・バクー大会でも金メダルを獲得。王者健在を知らしめた。
一方で角田さんの心の内は、第一線で戦い続けるか、セカンドキャリアに移行するかで揺れていた。そしてその先、どう生きるのかについても。
「私は以前から、結婚や妊娠を望んでいました。ロサンゼルス五輪を目指せば、大会時には36歳になる。もし現役を退いて次のキャリアに進んだとしても、全力で打ち込んでいたらきっと、あっという間に5年ぐらい経ってしまいます。
例えば道場を始めるにしても、妊娠したら自由には動けないので、すごくタイミングを考えなければいけない。そう考えた時、以前耳にした卵子凍結をすることで、今後の選択肢を増やせると思ったんです」
早速、ネットでリサーチを始めるも、調べれば調べるほど不安が大きくなった。排卵誘発剤による体への負担や変化、そして様々な副作用。ネガティブな情報ほど目についた。
「手を出しづらくなるというか、怖くなって『やっぱりやめようかな』と思うこともありました。それで、まずはお医者さんの話をちゃんと聞こう、と決めました」
カウンセリングで実感した「ちょっとヤバいぞ」

25年6月、角田さんは女性アスリート外来で、医師のカウンセリングを受けた。
「まずは自分の体を知らないと何も決められない」。期間や方法、費用など、十分に説明を受けたものの迷う角田さんに、医師は「卵子の状態がわかるからやってみたら?」と、血液検査を勧めた。その結果、自分は同年代の平均値よりも卵子の数が少ないことを知る。
「自分の値は40代の半ば~後半の平均値と同じくらい。年齢による卵子の数の推移を示すグラフで見ると、卵子の数がズドンと落ちているあたりです。『え、私この辺なんだ。ちょっとヤバいぞ』と思いました。
先生にも『数値から予測を立てると、卵子凍結の処置ができるのはあと5年かな』と現実的な猶予を言われました。当時はまだ競技も続けたかったし、セカンドキャリアに向けてこれからという時期。『5年間で結婚して子供を作ろうと思ったら、本当に何もできなくなってしまう』と思い、卵子凍結をすることを即決しました」
血液検査から2か月後、角田さんは卵子凍結に向けて準備を始めた。週2、3日は通院し、排卵を起こすための薬剤を、毎日決まった時間に腹部に注射。海外遠征期間は日本との時差を考慮し、投薬を続けた。
そして、準備を始めてから12日後、11個の未受精卵を採卵。無事、10個の卵子を凍結する。
「柔道は階級別競技です。当時は競技を続けていたので、投薬中も薬剤による体の変化が気がかりでした。
実際、お腹周りが明らかにプニプニになったので、薬剤の影響で体重が増えたり、元の体にきちんと戻らなかったりしたらどうしよう、という不安はぬぐえなかった。また、大丈夫だとわかっていても、本当にドーピング規程に抵触しないだろうか、という心配もありました。でも終わった後は、ちゃんと体が戻ったし、本当にやって良かったと思っています」
それまで心に去来したキャリアに対する懸念や不安もすっかり消えていた。「心にゆとりができたことがすごいメリット」と話す。
「もちろん、卵子凍結は将来の妊娠を確約するものではありません。でもあと1、2年は、仕事も結婚も妊娠もと焦らず、次のキャリアに全力で時間を使えます。卵子凍結のことは血液検査をする前に母にも相談しましたが、『そうなんだ。いいと思うよ』と、サラっと賛同してくれました。今は5歳上の姉に、『1日も早く検査だけでもした方がいいよ!』と勧めています」
競技と出産を「人生の別の軸として考えられるように」

近年、角田さんのような社会的適応を目的とした卵子凍結に関心が集まっている。23年には東京都が、社会的卵子凍結に伴う費用助成制度を開始した。
卵子は加齢により急激に減少する。妊娠を望むもののパートナーがいない、キャリア形成への影響など、さまざまな理由ですぐに妊娠・出産ができない場合、卵子を凍結保存することで、将来の妊娠の可能性を残す。
角田さんもパリ五輪出場を目指していた20代後半の時期に、自身の今後のキャリアについて考えることがあったという。
「今回も、もしパリで金メダルを取っていなかったら、『もうあと4年頑張る!』となっていたかもしれません。でも、卵子凍結によって、競技か出産か、仕事か出産かと、天秤にかけるのではなく、人生の別の軸として考えられるようになりました」
自分の体とちゃんと向き合い、知ることで、今後、どのように対処すればいいのかも見えてくる。それは、競技に集中することにもつながる、と言葉に力を込める。
「例えば私は大学生まで、時には布団から起き上がれないほど生理痛が重かった。でも、医師に相談し、痛みや子宮内膜症のリスクが軽減されると聞き、ピルを使用するようになりました。そうしたら、辛い痛みも、経血で道着が汚れることや大事な試合に重なる心配もなくなり、競技に集中できるようになりました。
ピルも卵子凍結も、抱えている悩みを解決する方法の一つです。
私たちは不安に思うことがあっても、見ないふりをして、『苦しいのはみんな一緒かな』と思いがちです。でも、方法があるのに何も検討せず、『生理は痛いものだから仕方ない』『病気じゃないから我慢するしかない』と思い込み、全力で競技に取り組めなかったり、競技生活を諦めてしまったりするのはもったいない。
自分に医学的な知識がなくても、体の変化には気づけます。その変化を見逃さず、1個1個、不安をつぶしていくことで、全力で競技に取り組めるし、頑張れると思います」
■角田 夏実 / Natsumi Tsunoda
1992年8月6日生まれ。千葉県出身。八千代高-東京学芸大-了徳寺大学職員-SBC湘南美容クリニック。小学2年の時、父親の勧めで柔道を始める。東京学芸大3年時に全日本学生体重別選手権52キロ級を制覇。同大初の学生日本一になる。大学卒業後、巴投げや関節技を武器に台頭。2017年世界選手権では52キロ級で準優勝。同年48キロ級に転向すると、21~23年世界柔道選手権で3連覇を達成した。グランドスラムでは22~25年の48キロ級の4連覇を含め、通算5回優勝。初出場となった24年パリ五輪では、日本柔道史上最年長の31歳11か月で金メダルを獲得した。26年1月、競技引退を発表。現在、各種メディアやイベント出演、柔道教室などを通し、柔道を広める活動を中心に活躍する。
(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
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