「INTERVIEW / COLUMN」記事
突然のチーム廃部、夫婦で相談した妊活の時期 芽生えた「選手として目指す姿を追求しよう」の考え方――バレーボール・岩崎こよみ選手
著者:長島 恭子(W-ANS ACADEMY編集部)
2026.01.20
キャリア

「女性アスリートの人生設計」特集・岩崎こよみ選手(バレーボール)インタビュー前編
人生の先輩たちはどんな風に競技や自分の将来と向き合い、進むべき道を選択してきたのか――。多様化する女性アスリートの姿から、自分らしい未来やライフプランについて考える「女性アスリートの人生設計」特集の第2弾は、子育て真っ最中のバレーボール日本代表・岩崎こよみ選手を直撃。実はずっと昔から「出産後も競技を続ける」ことを目標にしていたという岩崎さん。競技も私生活も「自分らしい選択」を続けてきた岩崎さんに、お話を伺いました!
◇ ◇ ◇
――早速ですが、岩崎さんはバレーボールの名門校・下北沢成徳高校を卒業後、V・プレミアリーグ(当時)のパイオニアレッドウィングスに入団します。進学か実業団かで悩みましたか?
「私は進路選択の際、3つの道を考えました。子どもの頃からやりたかった保育士の勉強をするか、大学でバレーボールを続けるか、企業に就職し、V・プレミアリーグでバレーボールを続けるかです。保育士はバレーボール選手を引退してからでも可能かもしれない。でも逆はちょっと難しい。そこでまずはバレーボールを優先することを決めました。
また、大学進学となると、両親に学費を負担してもらうことになります。自分がやりたくてバレーボールを続けるのであれば、給料をもらい、自立して続けたいと考え、就職をすることを決めました」
――進路を決めるにあたり、誰かに相談をしましたか?
「顧問の先生と両親に相談し、意見を聞きました。両親からのアドバイスは、バレーボールそのものよりも、健康的に長くプレーできるかどうかに関わることでした。親になった今ならわかりますが、成績云々よりも、元気にバレーを続けてほしい、という気持ちだったのだと思います。
そこで、チームを選ぶ際は練習の様子だけでなく、サポート体制――例えば、寮の食事の内容やどんな方がトレーナーなのかなども見て検討しました。また、入団するからにはやっぱり試合に出たい。そこで、自分と同じ『長身のセッター』というキャラクターが少ないチームかどうかもポイントでした。私は当初アタッカーとして入団しましたが、アタッカーとしては身長が低かったため、将来的にセッターに転向することも考えていたからです」
――ところが入団6年目のシーズン(2013-14)が終了すると、チームの廃部が決定します。
「そうなんです。その時の私はシーズンオフを待って、結婚式を挙げたばかり(笑)。しかも、挙式後すぐ虫垂炎の手術をしたので、入院中のベッドの上で廃部を聞きました」
――まさに人生の分岐点というか、いろいろな出来事が一挙に押し寄せたオフだったんですね……。
「はい。披露宴も手術も無事終わり、『よし、来シーズンも頑張ろう!』というタイミングでした」
――廃部と聞き、どうしようと思いましたか?
「私のなかで『バレーを続ける』という点には迷いがなく、すぐに移籍先を探しました。悩んだのは、妊活のタイミングです。
私は結婚する前から、『結婚をして子どもができてもバレーを続けたい』と、ずっと考えていたんですね。競技と子育ての両立は、家族の協力なしには絶対にできないので、その気持ちは付き合いたての頃から、夫にも話していました」
――彼はそれを聞いて、何と言っていましたか?
「彼も実業団で野球をやっていたのですが、競技者としての気持ちもわかってくれて。『いいじゃん、いいじゃん!』と、いつも賛同してくれました。ですから当初は結婚後、すぐに妊活に入ろうと考えていましたが、夫と話し合い、まずは移籍先を探そう。そして2、3シーズン後、ちゃんとチームに貢献してから妊活を始めよう、と決めました」
吉田敏明監督の言葉がチーム選びの決め手に

――突然の廃部は選手としての岩崎さんにどのような影響がありましたか?
「そうですね……まず、評価というのは自分がどんなに頑張っても、他の人にされるものなのだ、という現実を突きつけられました。ちょっと悲しい気持ちにもなりましたが、同時に私たちも結果を出せなかった(2013-14シーズンはリーグ最下位)のも事実。そのことが廃部に至った理由の一つだと思うので、申し訳ない気持ちにもなりました。
一方で、1日1日を大事にしながらプレーを続けよう、自分らしいプレーを追求しようという想いも生まれました。この廃部をきっかけに、選手を続けたくても続けられず、引退を決めたチームメイトの方が多かったんですね。私たちはケガを含め、いつバレーができなくなるか、できる場所がなくなるかわかりません。ならば、せっかくプレーができるのだから、結果ばかりを求めるのではなく、自分が求めるプレースタイル、選手として目指す姿を追求しようと考えるようになりました」
――その後、現在も所属する上尾メディックス(現・埼玉上尾メディックス)に移籍します。上尾に決めた理由を教えてください。
「いくつかのチームから声を掛けていただきましたが、当時の上尾メディックスを率いていたのはパイオニアに入団した時と同じ、吉田敏明監督(現Vリーグ・倉敷アブレイズ監督)でした。
上尾に決めるうえですごく大きかったのは、吉田監督の『妊娠、出産も、その後に選手に復帰もしたいという気持ちも応援するよ』という言葉です。吉田監督は日本人で初めて、アメリカ女子代表の監督も務めた方です。国際的な舞台で実績を積まれていたので、視野も広く、当時から女子アスリートが出産後に復帰することに対しても理解がありました。
また、夫も私と同じ会社だったので、夫婦ともに監督のことをよく知っていたことも大きい。移籍にあたり、東北から関東へ引っ越すことになりましたが、夫も私の選手としてのキャリアを優先し、関東の会社に転職してくれました」
(後編へ続く)
■岩崎 こよみ / Koyomi Iwasaki
1989年5月1日生まれ、東京都出身。ポジションはセッター。姉の影響で9歳からバレーボールを始める。08年、下北沢成徳高校卒業後、V・プレミアリーグのパイオニアレッドウィングスに入団。09年、日本代表に初めて選出され、同年、モントルーバレーマスターズで国際大会デビューを果たす。14年、パイオニアの廃部にともない上尾メディックス(現・埼玉上尾メディックス)に移籍。17年、7年ぶりに日本代表に招集された。18年はフィロットラーノ(イタリア)に期限付き移籍。翌19年、埼玉上尾メディックスに戻ると、20-21年のシーズンは出産のため公式戦を欠場。21年5月、第一子である長男を出産し、21-22年シーズンに復帰を果たす。23年、出産から復帰後、初めて日本代表に選出。翌24年、パリ大会で自身初の五輪に出場した。
(W-ANS ACADEMY編集部・長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
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