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女性アスリートの自己肯定感が低いのはなぜか 女子サッカーWEリーグが持つ社会的意義

「INTERVIEW / COLUMN」記事

  

女性アスリートの自己肯定感が低いのはなぜか 女子サッカーWEリーグが持つ社会的意義

著者:長島 恭子

2023.08.12

ジェンダー

女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」に所属する浦和レッズレディースの選手たち【写真:Getty Images】
女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」に所属する浦和レッズレディースの選手たち【写真:Getty Images】

「競泳アトランタ五輪代表・井本直歩子×WEリーグ初代チェア岡島喜久子」前編

 「W-ANS ACADEMY」は、競泳の元五輪代表選手で引退後は国連児童基金(ユニセフ)の職員として長く活動している井本直歩子さんの対談連載をスタート。毎回、スポーツ界の要人、選手、指導者、専門家らを迎え、「スポーツとジェンダー」をテーマとして、様々な視点で“これまで”と“これから”を語る。第1回のゲストは日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」初代チェアに就任した岡島喜久子さん。前編では、リーグの行動規範を選手たち自身で作ることになった経緯と狙い、女性アスリートの自己肯定感が低い理由などについて語っていただきました。(構成=長島 恭子)

 ◇ ◇ ◇

井本「今日は、色々と新しい取り組みを打ち出しているWEリーグについてお話をお伺いするのを楽しみにしてきました。

 まず理念についてお聞きします。WEリーグでは『女子サッカー・スポーツを通じて、夢や生き方の多様性にあふれ、一人ひとりが輝く社会の実現・発展に貢献する』という理念を掲げています。このように、社会性を前面に押し出されるプロスポーツは世界を見渡しても非常に新しいのではと感じました。どのようにして、この理念が生まれたのでしょうか」

岡島「まずJリーグの影響を受けています。Jリーグは男子のプロサッカーリーグとして93年にスタートしましたが、プロ化にあたり『スポーツを文化にする』というメッセージを打ち出しました。その一つが、『ホームタウン』という考え方です。

 チームの拠点を『ホームタウン』とし、地域に根付いたチーム作り、地域にサポーターを育てていくというコンセプトのもと、発展しました。このようなJリーグの歴史から、やはりプロ化をするならば、社会的意義を持ったほうがよいとなりました。

 では何を意義とするか。WEリーグは女性のリーグです。元々は男性のスポーツだったサッカーをプレーする女性がこれだけいるんだ、ということが見せられます。そこで、女子のスポーツを通じて日本の社会全体の女性の活性化、エンパワーメントの促進を意義にしようと決まりました。

 もう一つ、女子サッカー選手の中には自分がLGBTQであることを公表している選手たちがいます。そのような性の多様性も受け入れ、誰もが様々な夢を描ける社会にしたいという思いから、『夢や生き方の多様性』という言葉を採用しました」

井本「加えて、行動規範として『WEリーガークレド』(『WE PROMISE』※1参照)というものも制定しています。私が驚いたのは、クレドの内容を選手が中心となって作り上げたという点。11チームの選手たちから発信した言葉をまとめ上げるのですから、非常に難しい作業だったと思いますが、外部の広告企業や専門家に頼らず、『選手自身が考える』ことも、元々の理念としてあったのでしょうか」

※1「WE PROMISE」
私たちは、自由に夢や憧れを抱ける未来をつくる。
私たちは、共にワクワクする未来をつくる。
私たちは、互いを尊重し、愛でつながる未来をつくる。
みんなが主人公になるためにプレーする。

クレドを「選手たちの言葉」で作った狙い

日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」初代チェアに就任した岡島喜久子氏【写真:宮坂浩見】
日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」初代チェアに就任した岡島喜久子氏【写真:宮坂浩見】

岡島「そうですね。『WE』には『私たち』という意味もありますから。WEリーグ発足をアナウンスした当初は、『プロサッカーになるとはどういうこと?』『サッカーをやりながら会社員として社会保障もされているので、このままでいいです』という声が選手たちからありました。SNSを見ていても不安の声がすごく多かったんです。

 その不安を解消し、プロになるとはどういうことかを理解し、自覚を持ってもらうためには、ミーティングや研修だけでは足りない。自主的に何か目標を作ってもらうことが必要だと考えました。そこで、クレドの中身は選手たちの言葉で作っていこうと決めました」

井本「プロスポーツの動きとして、非常に画期的ですね。『WE PROMISE』のクレドが決まるまでの経緯を詳しく教えてください」

岡島「突発的にできたものではなく、きちんとプロセスを踏んでいるんです。まず、11クラブの代表選手たちによる『WE MEETING』というオンラインミーティングを開催してきました。そこでは様々な議論を展開してきていますが、私と選手1人1人が話をする機会も設けました」

井本「リーグのチェアと直接話す機会というのも貴重ですね」

岡島「そこではまず女子サッカーの歴史や、現在の日本女子サッカーの世界での立ち位置などについて話しました。例えば、私は1970年代にサッカーをしていたのですが、1977年、当時所属していたチームが台湾での国際試合に単独チームで出場したことがあります。

 なぜ代表ではなく単独チームだったのか? それは当時、日本サッカー協会が女子の登録を認めていなかったからです。その後、ブレークアウトルームにして、選手たちが私に何でも聞ける時間を設けました」

井本「今は女性も日本代表として当たり前にプレーしていますが、そういった歴史的背景を知ることは、非常に大切ですね」

競泳の元五輪代表選手で引退後はユニセフの職員として長く活動している井本直歩子さん【写真:宮坂浩見】
競泳の元五輪代表選手で引退後はユニセフの職員として長く活動している井本直歩子さん【写真:宮坂浩見】

岡島「また、選手全員が出席する3日間の『WEリーガー研修』を実施して、そこで最も選手たちの心に効いたのが、元Jリーガーの中村憲剛さん、播戸竜二さんの話です。

 彼らにはプロ選手としてサッカーをすることはどういうことか、という話をしていただきましたが、長い間、プロとして活躍してきた選手に話をしていただいたことは、とても大きかったと思います。その後、選手の意識が少しずつ変わり、SNSでの発言も前向きに代わっていきました。

 それから、『WEリーガー研修』では、専門家による女性のエンパワーメントやジェンダー問題、女性の身体について講義を行っていただきました。そして、11クラブの代表者の選手にはクレドに関する宿題を出しました。

 クレドを作るために『私たちは将来を担う子どもたちに何々を約束します』『応援してくれるファン・サポーターに何々を約束します』『自分たちが生活する地域・社会に何々を約束します』と、『何々』に入れる言葉について各クラブ内で意見を出し合い、議論をしてもらうようお願いしました」

井本「私は初めてこのクレドの言葉を見たとき、プロセスをちゃんと踏んで生まれたんだろうなと思ったんです。すごく考えられて、生まれてきた言葉だろうなと」

岡島「その通りです。最初出てきたのは割と『プレーする女の子を増やしたい』『見てくれる子どものためにプレーをする』という言葉でした。でも議論を重ねるなかで、最終的には『女の子だけではなく、男性も子どもも大人もみんな大切だよね』という言葉が選手から出てきたんです」

女性アスリートはなぜ自己肯定感が低いのか

岡島氏と井本さんは「女性アスリートはなぜ自己肯定感が低いのか」について原因を話し合った【写真:宮坂浩見】
岡島氏と井本さんは「女性アスリートはなぜ自己肯定感が低いのか」について原因を話し合った【写真:宮坂浩見】

井本「それはすごいですね。ミーティングや研修で踏んだプロセスが活きている。『女の子』『子ども』のために、から始まり、最終的には『すべての人へ』という言葉が出てきたことが深いですね。選手たちが、WEリーグの理念をきちんと理解していることがわかります」

岡島「当初はジェンダーの専門家の話を聞いても、『理解できない』という選手の声が多かったんです。でも、蓋を開けてみればジェンダーの理解がちゃんとできていた」

井本「日本のスポーツ界で、これほど運営側と選手とが最初から一緒に作り上げていくというのは、非常に珍しいのではないでしょうか。私もユニセフの仕事で災害の復興や難民の受け入れで赴任した先で仕事をする際、現地の子ども、ユース世代と一緒に取り組むことを重視しているんです。

 彼らに任せることで、オーナーシップが生まれ、彼ら、彼女らが自発的に取り組める素晴らしいものが生まれる。やはり当事者がプロセスを踏むことは、ものすごく重要ですよね」

岡島「私が感心したのは、コミュニティへの『何々』に『愛(情)を持って』、サポーターへの『何々』には『ワクワクする週末を』という言葉が出てきたことです。『愛』とか『ワクワク』という言葉は、男子からはなかなか出てこないのではないかと。

 クレドは選手自身の言葉であり、選手たちが自分たちで作った感がとってもある。選手たちには全員、クレドを印字したカードを常に携帯してもらっています」

井本「先ほど、WEリーグ開幕をアナウンスした当初は、選手たちにプロとしての自信がなかったという話をされていました。岡島さんがよくおっしゃっていることですが、そもそも女性アスリートはなぜ自己肯定感が低いのでしょうか」

岡島「女子サッカーに関して言うと、一つは女子チームのいくつかは、Jリーグ傘下として存在している、という構造の問題が挙げられます。中には、『自分たちは男子チームが稼いだお金でサッカーをやらせてもらっているんだ』という気持ちになってしまう女子選手もいます。

 また、女子選手の指導経験がある男性指導者が少ない点も挙げられます。男性の指導者は男子スポーツの世界で生きてきたうえ、ほとんどの方が男子の指導をしてきています。例えば、男子と同じ距離を蹴れないと『こんなこともできないのか?』という気持ちになり、それが態度に出たり、口に出たりする。

 女子の選手はそれを受けて、『あぁ、私たちは男子と比べてできないんだ』『だから男子と比べて稼げないんだ』と思わされてしまうのです」

井本「なるほど。常に男性と比較されてしまうと、なかなか自己肯定感が育たないんですね。その辺りの指導者の意識改革も重要ですね」

(13日掲載の後編に続く)

■岡島喜久子

 東京都出身。中2で男子サッカー部に入部。その後、東京・渋谷区を拠点に活動する女子サッカーチーム、FCジンナン入り。1977年、中国で開催された国際大会「第2回AFC女子選手権」にFCジンナンの一員として参加。1979年の日本女子サッカー連盟設立時に初代理事メンバーに就任。1989年に海外転勤を機に選手を引退した。早大卒業後から長年、現JPモルガン・チェース銀行、米国のメリルリンチなど日米の金融業界に従事。2020年7月、WEリーグの初代チェアに就任した。

■井本直歩子

 東京都出身。3歳から水泳を始める。近大附中2年時、1990年北京アジア大会に最年少で出場し、50m自由形で銅メダルを獲得。1994年広島アジア大会では同種目で優勝する。1996年、アトランタ五輪4×200mリレーで4位入賞。2000年シドニー五輪代表選考会で落選し、現役引退。スポーツライター、参議院議員の秘書を務めた後、国際協力機構(JICA)を経て、2007年から国連児童基金(ユニセフ)職員となる。JICAではシエラレオネ、ルワンダなどで平和構築支援に、ユニセフではスリランカ、ハイチ、フィリピン、マリ、ギリシャで教育支援に従事。2021年1月、ユニセフを休職して帰国。3月、東京2020組織委員会ジェンダー平等推進チームアドバイザーに就任。6月、社団法人「SDGs in Sports」を立ち上げ、アスリートやスポーツ関係者の勉強会を実施している。

(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

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