「INTERVIEW / COLUMN」記事
どうすれば女子スポーツ人口は増えるか WEリーグ初代チェア「部活にシーズン制導入を」
著者:長島 恭子
2023.08.13
ジェンダー
「競泳アトランタ五輪代表・井本直歩子×WEリーグ初代チェア岡島喜久子」後編
「W-ANS ACADEMY」は、競泳の元五輪代表選手で引退後は国連児童基金(ユニセフ)の職員として長く活動している井本直歩子さんの対談連載をスタート。毎回、スポーツ界の要人、選手、指導者、専門家らを迎え、「スポーツとジェンダー」をテーマとして、様々な視点で“これまで”と“これから”を語る。第1回のゲストは日本初の女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」初代チェアに就任した岡島喜久子氏。後編では、ロールモデルとなるべき女性アスリートの存在、そして女子スポーツの人口拡大についてのアイデアも明かした。(構成=長島 恭子)
◇ ◇ ◇
井本「最後に、女子サッカーが与える社会に対する影響についてお聞きします。対談の冒頭で女子サッカーの場合、LGBTQの選手が多いと触れていました。世界的にみても、例えば米国のミーガン・ラピノー、元選手のアビー・ワンバックら非常に人気のある選手がレズビアンであることをカミングアウトし、同性婚をしています。このように、ロールモデルである選手がカミングアウトしたことは、社会に対し、大きな影響を与えますよね」
岡島「そうですね。最近では米国のナショナル・ウィメンズ・サッカーリーグ(NWSL)のワシントン・スピリッツに所属する横山久美選手がトランスジェンダー(法律上の性別は女性で性自認は男性)であるとカミングアウトしたことは、ご存じの方も多いと思います。米国のバイデン大統領が、横山選手と同じ週にゲイであることを表明したカール・ナッシブ選手(NFLレイダース)に向けて『2人の勇気を誇りに思う』とツイートし、讃えましたよね。非常にインパクトがあったと思います」
井本「そうですね。あれには驚きました」
岡島「それから、実はNWSLの観客をグループ別でみると、一番多くを占めるのが、サッカーをやっている男の子や女の子のファミリー、次がLGBTQのコミュニティなんです」
井本「そうなんですか。それは驚きですね。なぜなんでしょう?」
岡島「男子のプロサッカー(MLS)の観客は、ヒスパニック系、中東系も多く、中にはホモフォビアもいたりするから、そのなかに入ると男性のカップルってすごく居づらいそうです。だから、サッカー好きのゲイの方は、男子のサッカーではなく、女子のサッカーを見に行くようになった。結果、ゲイカップルが観客席にたくさんいるので、周りの目を気にせずサッカーを楽しめるようになった。それでLGBTQの観客が増えたと聞いています」
井本「なるほど。もしかしたら、日本でもWEリーグが一つの居場所になるかもしれませんね」
岡島「はい。私たちもLGBTQのコミュニティの方たちに、ぜひWEリーグを観に来てほしいと思っています」
女性アスリートがロールモデルになるために必要な「人間力」
井本「プロスポーツ選手のロールモデルは、社会からの注目度が高いだけでなく、リーグの集客数にもかかわってくると考えます。ところが、今の日本でロールモデルといわれる女性スポーツ選手は、かなり容姿まで重視される印象があり、私はそこに問題意識を持っているんですね。ですから、すでにラピーノ選手などの素晴らしいロールモデルがいる女子サッカー界には、日本でもジェンダーニュートラルな、新しいロールモデルの誕生を期待しています。岡島さんは、女子サッカー選手のロールモデルについて、何かお考えはありますか?」
岡島「まずは子どもたちの身近なロールモデルになってほしいと考えます。そこで、常に選手たちに伝えているのは『人間力』の大切さです。橋本聖子さん(東京五輪・パラリンピック組織委員会会長)がずっと言われている言葉に、『人間力なくして競技力なし』というものがあります。アスリートは競技力が高いだけでなく、考えを言葉にして発信する力をつけることがとても大切だと思っています。ですから、選手たちには、子どもたちやファンに向けて、自分の考えを言葉できちんと言えるようになってほしいと伝えていて、メディアトレーニングも行っています。
現在、WEリーグは11クラブなので、毎節必ず、試合のないチームが1クラブあるんですね。そこで、試合がない日を『WE ACTION DAY』とし、ジェンダーやSDGsをテーマに掲げたイベントやサッカースクールなど、地域の学校やコミュニティで理念推進活動を実施してもらっています。このように子どもたちと触れ合う機会を作り、選手自身の言葉、行動を実際に聞いてもらう、見てもらうことで、選手たちは子どもたちの身近なロールモデルとなることを期待しています。
そして子どもたちは、選手と触れ合うことでサッカーという競技に興味を持ったり、WEリーグを観に行こうという気持ちになったりする。この繰り返しが、将来的にはサッカーの普及に繋がると考えています」
井本「とても説得力のあるお話です。Jリーグやプロ野球がそうですが、自分たちが住む都道府県や地域にチームがあり、身近に感じる選手がいることは、その地域が活性化されたり、スポーツ文化が根付く大きな要因ですよね。皆、地元愛はあると思うので、全国区や世界的なチームではなく、自分の近くにあることがすごく大切」
岡島「そうですね。WEリーガーに『子どものとき、誰が憧れだった?』と聞くと自分の通っていた小学校や中学校に来てくれたJリーグの選手の名前を挙げる選手が多くいました。ですから、やはり身近ということは大切だと思います」
井本「女子サッカーは女子チームが学校の部活にないなどの問題から、中学校に上がると、サッカーをやめてしまう選手が多いと聞いています。きっと、これらの活動は今後、子どもたちが長くサッカーを続けるモチベーションや環境作りにも繋がりますよね」
岡島「その通りです。私は今後、女子サッカーに限らず様々な競技関係者と協力し、女子のスポーツ人口を増やしたいと考えています。少子化が進むなか、運動能力のある女子を様々な競技で取り合うのではなく、女子が『スポーツをしたい』と思える環境作りを進め、スポーツ人口を増やしたいんですね。そのための提案としては、一つは中体連にアプローチをして、中学校で女子がサッカーをできるよう指導者を派遣する。
そして実現可能かどうかはわかりませんが、秋はサッカー、冬から春は野球という具合に、いくつかのスポーツができるシーズン制を部活に導入してみてはどうかと考えています。これにより様々なスポーツへの入口が増えますし、中学生の間は将来どの競技に絞るかを考える時間ができます。
それから中学校と地域のクラブの連携。どちらでも練習ができたり、試合に出場する際は学校かクラブかを選手自身が決められたりとフレキシブルな体制を作る、など。中体連も文科省もスポーツ省も含めて、みんなで女子のスポーツ人口を増やしていきましょう、とアプローチしていきたい」
後の人生に生きるスポーツの価値「負ける経験ってすごく大切」
井本「全く同感です。そのためには、なぜ10代、20代の女子がスポーツをやりたがらないか、何が障害なのかもきちんと分析し、考えていくことも必要ですよね」
岡島「あとは家族にも女の子がスポーツをすることのメリットを伝えていきたい。私の話ですが、中学からサッカーというチームスポーツをやってきたことは、ビジネスにおいてもすごくメリットがあったと思っています。例えばプレゼンでうまくいかないと、そこで諦める人って結構いるんですよね。『自分にはできない』と。でもスポーツをやっていると、負けた経験が生きてくる。私たちは試合に負けるとなぜ負けたのかを考え、分析し、次に生かして勝とうとするわけです。ですから、負ける経験ってすごく大切」
井本「わかります。私はジュニアの頃は金メダルもたくさん獲りましたが、中学生以降、全日本レベルでは、万年2位の選手だったんですね。家には何百個もメダルがあるのに、ほとんどが銀メダル」
岡島「いや、それもすごいと思いますけれど(笑)」
井本「『シルバー・コレクター』が当たり前だったんですが、毎回毎回、負けるたびに『なにくそ』と自分を奮い立たせていました。その克己心は、今生きていると思います。絶対に、転んだままじゃない、また起き上がる」
岡島「スポーツをしてないと、子どもってなかなかそういう経験ができないと思うんですよね。ですから将来の生活や仕事をしたときに、スポーツの経験は生きるんだよと、伝えていきたい。そして、女子スポーツ界の発展のために、野球やソフトボール、バスケットボールなど、どんどん女子スポーツ界の横のつながりを作っていきたいと思います」
井本「本日はありがとうございました」
■岡島喜久子
東京都出身。中2で男子サッカー部に入部。その後、東京・渋谷区を拠点に活動する女子サッカーチーム、FCジンナン入り。1977年、中国で開催された国際大会「第2回AFC女子選手権」にFCジンナンの一員として参加。1979年の日本女子サッカー連盟設立時に初代理事メンバーに就任。1989年に海外転勤を機に選手を引退した。早大卒業後から長年、現JPモルガン・チェース銀行、米国のメリルリンチなど日米の金融業界に従事。2020年7月、WEリーグの初代チェアに就任した。
■井本直歩子
東京都出身。3歳から水泳を始める。近大附中2年時、1990年北京アジア大会に最年少で出場し、50m自由形で銅メダルを獲得。1994年広島アジア大会では同種目で優勝する。1996年、アトランタ五輪4×200mリレーで4位入賞。2000年シドニー五輪代表選考会で落選し、現役引退。スポーツライター、参議院議員の秘書を務めた後、国際協力機構(JICA)を経て、2007年から国連児童基金(ユニセフ)職員となる。JICAではシエラレオネ、ルワンダなどで平和構築支援に、ユニセフではスリランカ、ハイチ、フィリピン、マリ、ギリシャで教育支援に従事。2021年1月、ユニセフを休職して帰国。3月、東京2020組織委員会ジェンダー平等推進チームアドバイザーに就任。6月、社団法人「SDGs in Sports」を立ち上げ、アスリートやスポーツ関係者の勉強会を実施している。
(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
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