「INTERVIEW / COLUMN」記事
卵巣にできた腫瘍破裂、競技人生をかけた手術 現役選手たちへ「生理痛、仕方ないと諦めないで」――元陸上オリンピック選手・室伏由佳さん
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2023.05.31
月経

【インタビュー後編】アテネオリンピック出場・室伏由佳さんのメッセージ
陸上競技女子ハンマー投げアテネオリンピック日本代表であり、女子円盤投げ・ハンマー投げの元日本記録保持者でもある室伏由佳さん。中学生から陸上を始めて以降、35歳で引退するまでの間に、貧血、そして複数の婦人科系疾患を次々と発症。オリンピックや世界選手権に出場するなど、選手として活躍していた裏では、重い婦人科系の病に苦しむ日々を送っていました。「女性であれば一度は、自分の生理としっかり向き合ってほしい」という室伏さん。インタビューの後編では、競技人生をかけた手術の決断、そして病の重症化を防ぐために、選手や周囲の大人たちに伝えたいことについて、お話してくれました。
◇ ◇ ◇
――室伏さんは10代から貧血、20代半ばで子宮内膜ポリープや、PMS(Premenstrual Syndrome/月経前症候群)、機能性月経困難症(いわゆる生理痛)などの症状に苦しみ、痛みや不調と共存しながら競技を続けていました。さらに30代になると、子宮内膜症(チョコレート嚢胞)を発症します。
「はい。32歳を迎えてすぐのことです。激しい痛みが下腹部に走ったので、家族に付き添われ救急外来へ。検査の結果、子宮内膜症(チョコレート嚢胞/のうほう)と診断されました。卵巣にできた嚢胞(腫瘍)が気づかないうちにどんどん大きくなり、最終的に破裂してしまったんです」
――破裂……! それは相当な痛みだったのでは……。
「過去に経験したことのないほどの、かなりの痛みでした。本来は救急搬送するレベルだそうですが、『これぐらいのことで呼んではいけない!』と、痛みとパニックの中でも『大事にならないように』という意識が働いてしまいました。ポリープの問題が片付いたと思ったのに、それどころか、違うもっと深刻な病気になってしまった。自分の体は大丈夫であると、すごく過信していた、侮っていたなと思いました」
――それは検診などを怠ったという意味でしょうか?
「そうです。やっぱり悪さをするポリープが見つかったのであれば、本来、3か月~半年に1回は診察や内診をして予防に努めなければいけなかった。ところが、ポリープができたあとも、まさか子宮内膜症になるなんて、全く想像していなかったんですね。生理を繰り返していると起こりやすい病気で、8~10人に1人発症するといわれている現代病ですが、そんなことも知らず勉強不足でした。
もしもポリープの切除後に、定期的に婦人科検診を受けたり、婦人科系の病気について自分で調べたり、学んだりしていれば、子宮内膜症を患うことを予防できたり、あるいは早期に発見できたかもしれません。腫瘍なんて、本当に2、3か月で大きくなり、破裂する恐れがあります。しかも、その人によって大きくなる速度は違いますから、当然医師にも明確に予測はできないのでやはり検診や検査そのものが予防になります」
――結局、チョコレート嚢胞も摘出手術を受けました。当時、同じ手術を受けた女性アスリートの症例は皆無に等しいというなか、よく決断されました。
「私の場合は当時、治療として服用していた低用量ピルが体に合わず、副作用による不調もあったので、手術をして、根治を目指すことが一番の選択だと考えたんですね。医師からは、長期間チョコレート嚢胞を保持していると、将来、癌になる恐れがある事実を聞きましたし、やがては取らないといけません。このままでいても人生にも、競技にも影響する。まずは治してもう1回、競技に取り組もうと決断できました。『健康を取り戻すために、手術をしたほうがいい』と、コーチである父や同じ競技者だった兄(室伏広治スポーツ庁長官)からも後押しされたことも大きかったです」
生理の悩みに「仕方ないなんてこと、ないんだよ」
―――陸上競技を始めてからずっと婦人科系の病気と付き合う人生を送ってきました。数々の経験をもとに子どもたちや学生、そして現役の選手たちに伝えたいことは何でしょう?
「まず、自分の体をケアできるのは自分でしかない、と知ってほしいです。今の人は、気になる症状があったとき、多くの方がまずは似たような経験談をネットで検索したり、友達に話を聞いたりするように思います。そこで、自分と似た症状でも『何ともなかった』と聞くと『あ、大丈夫かな』とつい思ってしまいます。でも、『あの人が大丈夫だったら、自分も大丈夫』とは限らないのが人の体です。ですから、例えば生理痛か強い気がするなど、どんなに小さなことでもいいので、気になることがあったら1回、病院に行って、ドクターとお話をしてほしいと思います」
――でも、中学・高校生ぐらいだと実際は病院に行くことは、とてもハードルが高い。しかも、ちょっとぐらいの痛みなら「ガマンしちゃおう」と、つい思ってしまいます。
「確かにクリニックに行くことに、躊躇するかもしれませんが、つらい症状に対処する方法がわかれば、競技をもっと楽しくできます。学生と話していると、せっかく試合のために厳しいトレーニングを積んできたのに、生理前だから、生理中だから『痛くても仕方がない』『力が発揮できなくても仕方がない』と言うんです。でも、『仕方ないなんてこと、ないんだよ』と伝えたい。ひたすら痛みをガマンしたり、どうして私だけ生理に振り回されるの!? とか、何でこの苦しみをわかってもらえないの? と思い悩んだりする必要なんて、本当はないんです」

――ガマンをしないって大切なんですね。
「ガマンのレベルは自分では測れません。女性アスリートはガマン強い人が多いのですが、例えば、PMSは一般の人よりもアスリートの方が強く出る、とわかっています。だから、実はすごいガマンをしているんです。しかも、PMSや生理痛があると月の3分の1ぐらいはいつもすごく不調です。だから『いつもこうだから仕方がない』と思い込み、初めから諦めて、本当は可能な改善方法を考えないまま過ごしてしまう。
私自身を振り返っても、自分の体のことを考えるって、すごく面倒に感じていました。誰に言っても『大変だね』で終わってしまうし、理解してもらえない。貧血が強かったときは特に、もう改善しないと諦めていましたから」
選手と指導者、それぞれに必要な「スキル」って?

――ということは、生理前や生理中の不調については、あえて元気なときに考えたほうがいいんですね!
「そうですね。一度、体調のよいときに考えるといいと思います。まず、お腹や頭などの痛み、むくみなど身体症状が出ているのか、気持ち悪さなのか、あるいはイライラや落ち込みなど心の面なのか? 生理前や生理中にどんな症状が起こるのかを整理してみましょう。これらは毎月違うのかも把握しておくとよいです。次に、それらの症状が起きる前に、どうするべきかを考えます。
もし、痛みなど身体的な不調が起こることを把握しているのなら、痛み止めの薬でいいのか、思い切って病院に行って婦人科医に相談しようか、症状によってはお医者さんに低用量ピルを処方してもらうなどなど、自身がとるべき行動を具体的に考えることが大事です。
とりあえず、家族や先生、身近な大人に相談してみようか? という考え方ももちろん、アリです。周囲の大人も相談に乗れるぐらいの知識やリテラシーがあるといいですね。私も大学の講義で、女性アスリートのコンディションとして、生理について講義を行う機会がありますが、男女ともに個別に学生とディスカッションする機会もあります」
――確かに部活や学校、家庭でもディスカッションする機会があると良いですね。
「ロールプレイ形式にしてディスカッションすることをおすすめします。例えば、『大事な試合の前に生理になったらどうする?』というお題を出し、みんなでたくさん意見を出しながら、『自分ならどうするか?』を考える時間を作る。他の人の対処法なども聞いて、主観と客観両方の側面について自分で考えるからこそ、気づきが得られますし、行動にも移せるようになります。最後になりますが、生理の話をするときは選手には自分の心身の状態や症状を正確に伝えるスキルが、指導者らは情報を正しく解釈できるスキルが必要です。そのためには生理の正しい知識や対処法などの情報を、互いが理解することは不可欠ですよ」
――今日はありがとうございました!
【プロフィール】室伏 由佳 / Yuka Murofushi
順天堂大学スポーツ健康科学部・大学院スポーツ健康科学研究科准教授、スポーツ健康科学博士。女子円盤投げ・ハンマー投げの元日本記録保持者。1977年、静岡県沼津市生まれ。中学生時代から陸上競技を始める。女子ハンマー投げ日本代表として、2004年アテネオリンピック出場。2012年に競技を引退。アンチ・ドーピング教育、スポーツ心理学、痩せた若い女性の健康課題に関する研究課題を研究するとともに、スポーツと医学、健康などをテーマに講演や実技指導など幅広く活動している。また、婦人科疾患を経験し、選手時代から女性アスリートの健康課題に関する啓発活動に携わる。
(W-ANS ACADEMY編集部)
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