「INTERVIEW / COLUMN」記事
人のせいにしても人生は好転しない 30万人超に支持されるSNS発信、原点は「どん底」の経験――カーリング・吉田知那美
著者:二宮 寿朗
2026.03.07

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」5日目 吉田知那美インタビュー前編・発信力
「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートがインタビューに登場します。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントとなる内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。
5日目はカーリング女子日本代表として、2018年平昌五輪で銅メダル、22年北京五輪で銀メダルを獲得した吉田知那美(ロコ・ソラーレ)が登場。近年の同競技の顔とも言える存在であり、インスタグラムのフォロワー数も30.9万人を数えます。着実にキャリアを積み重ねながら、現役選手のなかでも有数の影響力を手にした吉田が考える、アスリートが持つ発信力とは――。(取材・文=二宮 寿朗)
◇ ◇ ◇
「何度だって言います。私たちはフォルティウスの味方です」
先日、ミラノ・コルティナ冬季五輪が閉幕。カーリング日本代表で出場したフォルティウスは2勝7敗の8位にとどまった。テレビ中継の解説を務めたロコ・ソラーレ、吉田知那美の常にフォルティウスに寄り添おうとする言葉の数々は、人々の共感を呼んだ。苦しい立場が続いた彼女たちと、心をともにあろうとした。
飾った言葉ではない。人々の心に届くのは、彼女のマインドそのものを映し出しているからに違いない。
前回の北京大会で銀メダルを獲得し、3大会連続の出場を目指してきた。しかしフォルティウスに敗れて、五輪を外から眺める立場になった。
「五輪に行けなかったという事実はもの凄く悔しかった。相手に対してではないですよ。もっとこういう準備をしていたらとか、もっとこうできていたらとか、自分に対して。なのでその時は五輪をテレビで見ることなんてできないと思っていました。でも短い人生のなかでネガティブな気持ちを続けていたって、時間がもったいない(笑)。新しいものを得て、自分の力にしたいと切り替えました。
解説の仕事をさせていただいて、五輪というのは本当に多くの方が携わって伝えてもらっていたんだなということを学びました。自分の夢なのに、それと同じ熱量で皆さん応援してくれているんだな、と知ることができました。そう感じることができたことで、負けるという経験も人生には必要なことだったんだと思うことができました。元々、次に勝つためにこの負けがあるんだというふうに思えるタイプではあるんですけど」
何事もベクトルを自分に向けて消化し、次に向けて切り替えていこうとする。そんな彼女によるSNSの発信はかねてから注目を浴び、インスタグラムには30.9万人のフォロワーが集まる。
「インスタグラムのアカウントを開設したのは、確か2014年。家族や友達に写真を共有するアルバム的な要素で最初は使っていました。それが2016年の世界選手権で銀メダルを取ったことで、カーリングに興味を持ってくれた方がフォローしてくれるようになり、そこからはカーリング選手の日常であったり、生態であったり、カーリングを主に発信していくようになっていきました。当時はカーリングの発信を主にやっていたのは自分くらいでしたから、30.9万人の方は私というよりカーリング自体に興味をもってくれた方々が競技を知る窓口としてフォローしてくださっているのではと思っています。」
ソチ五輪後に訪れた人生最大のターニングポイント

SNSの発信で気をつけているのは、「最低限、身の回りの大切な人を傷つけないこと」。すべての人に好かれることは不可能ですが、身の回りの人を不用意に傷つけないということは自分の想像力で回避できる。自分の身にネガティブなことが起こったとしても、それを「外」に向けるのではなく、「内」に向けることが自然と身についている。当たり前かもしれませんが投稿を見た人が嫌な気持ちにならないかの想像はしたうえで発信するようにしている。
吉田自身の経験によるところも大きい。彼女は初出場となった2014年のソチ五輪後に、所属していた北海道銀行フォルティウスから戦力外通告を受けた。「マックスどん底でした」と振り返る。
「人生がうまくいかないことを、どこか人のせいにすることで消化しようとする自分がいました。(五輪後に)ソチで活躍した選手みたいにメディアでも取り上げられているのを帰国後にテレビで見たりしましたが、実際はもうクビになっていたので、そのギャップがとても恥ずかしくて悲しくて。だから隠れたい、人と会いたくないと思うようになって……。
そんな時にいろいろと教えてくれたのが本でした。『人生を好転させたいんだったら自分を変えるしかない』という言葉に触れたのが私自身、すごく大きかったですね。この失敗があって本当に良かったと思えるようにしたほうがいいって考えました。人生でうまくいっていない時は、何かを教わるために起こっている、と。おかげで私の人生、深みが出るかなあって(笑)。一番のターニングポイントになりましたし、今では私の人生において最も感謝している出来事の一つです」
この後、ロコ・ソラーレとの出会いがあり、人間としての「深み」がアスリートとしての「深み」にもつながっていく。
人のせいにしたって自分の人生が好転していかないことを、吉田は経験として持っている。SNSにおいても彼女のマインドが映し出されている。30.9万人という数字は、その“共感値”と受け止めることもできる。
インターネット上における誹謗中傷は世界的な問題になっており、アスリートに対しても深刻化している。ミラノ・コルティナ五輪では「パンセクシュアル」を公表したフィギュアスケート女子シングルのアンバー・グレンや、男子シングルで8位に終わったイリア・マリニンもその被害を受けていたことが報じられた。吉田も同じアスリートとして心を痛めている。
「JOC(日本オリンピック委員会)としても重きを置いて取り組んでいる問題で、私もアスリート委員会主催の講習に出席しました。お話してくださった弁護士の先生が『誹謗中傷を受けて一番良くない状況は、選手たちが自分を責めること。あなたたちが有名になったのは、一生懸命に練習し続けた結果に起こったこと。これまでの人生において一生懸命、努力をしてきたからであり、皆さんには何の非もありません』と言い切ってもらえて。誹謗中傷されても仕方ない、なんて思わなくていいということ。法の整備などはこれからだとは思いますが、選手たちが見たくないものを見なくていいようにすることも大事かなとは思います。SNSは発信するだけでも可能ですから。今の状況がどんどん良くなっていくことを願っています」
発信する言葉の裏にあるカーリング精神

吉田がカーリングの魅力を発信していくのは、競技の認知、普及、拡大ということにとどまらない。カーリングの世界が、心の豊かな社会につながるから――。その思いを感じずにはいられない。
吉田は言う。
「基本理念を記した『カーリング精神』には『カーラーは勝つためにプレーするのであって、対戦相手を貶めるためにプレーするのではない。真のカーラーは相手の精神をかき乱そうとせず、また相手がベストを尽くそうとすることを妨げようとせず、不当に勝つくらいならむしろ負けることを選ぶであろう』とあります。人生も同じだと私は思うんです。誰かの足を引っ張って、自分がのし上がったって、一見幸せそうに見えても成長できていないわけですから。
そしてもう一つ、『清く負けなければ、清く勝てない』という教えも、私は好きです。光り輝く勝者になれるのは、ゲームを一緒に演出した敗者がいるから。だからゲームが終わると、勝ったチームが負けたチームに対してビールをごちそうするという文化があるんです」
勝負の世界ながら、勝者が敗者を称え、寄り添う文化がカーリングにはある。カーリングの魅力が吉田さんの魅力であり、吉田さんの魅力がカーリングの魅力でもある。すなわちカーリング精神そのものを吉田さんは大切にし、自分の人生に組み込ませている。それがアスリートとして、人としての成長を呼び込んでいるとも言える。
「第一に私の人生は、カーリングのためにあるのではありません。私の人生を豊かにするためにカーリングがあるという考え方です。自分の年齢であったり、ライフイベントであったり、その時によって自分の人生を豊かにするカーリングと、どう付き合っていきたいか。
小さい時に私、“ミステリーハンター”になりたかったくらい世界中を旅するのが夢でした。カーリングのおかげで、今こうやって世界中を旅することができています。これから先、アスリートでも、市民カーラーでも、コーチでも、あるいは解説者でも、大好きなカーリングに携わる方法はたくさんあるので、カーリング精神を大切にしながらずっと付き合っていけたらなと思っています」
人生の豊かさを味わわせてくれる、カーリングの世界。吉田さんはこれからも競技を通じて発信していく。カーリングからの問いかけに、応えていくためにも――。
■吉田 知那美 / Chinami Yoshida
1991年7月26日生まれ。北海道北見市(旧常呂町)出身。ロコ・ソラーレ所属。カーリングが盛んな常呂町で7歳から競技を始める。中学生だった2006年の日本選手権ではトリノ五輪代表のチーム青森を破る金星を挙げた。高校卒業後はカナダへ留学し、帰国後に北海道銀行フォルティウスに加入。14年ソチ五輪に出場し5位入賞を果たすが、戦力外通告を受けた。地元に戻った同年6月、ロコ・ソラーレに加入。16年日本選手権での初優勝、世界選手権で日本勢初となる準優勝の快挙を皮切りにチームの躍進を支えると、18年平昌五輪で銅メダル、22年北京五輪で銀メダルを獲得した。私生活では22年7月26日に、アルペンスキー元日本代表で現在は、全日本スキー連盟アルペンチームの男子チーフコーチを務める河野恭介さんとの結婚を発表した。
(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)
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