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やせれば本当に強くなる!? “18歳未満”女子アスリートへの食事制限が「NG」と断言できるワケ

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やせれば本当に強くなる!? “18歳未満”女子アスリートへの食事制限が「NG」と断言できるワケ

著者:W-ANS ACADEMY編集部

2024.06.25

コンディショニング

体重管理

食事

【写真:Getty Images】
【写真:Getty Images】

日本体育大学・須永美歌子教授、女子アスリートを支える大人たちへ伝えたいこと

 部活動生からトップアスリートまで、スポーツをする人の心身に起こるさまざまな問題を示す「スポーツにおける相対的エネルギー不足」。その問題を未然に防ぐために、選手をサポートする大人はどのようなことを心がけたらよいのでしょうか。日本体育大学の須永美歌子教授に、お話を伺いました。

 2023年、国際オリンピック委員会(IOC)によって女性アスリートの医学的問題についての新たな合同声明が発表されました。

 内容は、「REDs(relative energy deficiency in sport)」に関するもの。日本語で言うと「スポーツにおける相対的エネルギー不足」。これはエネルギー不足によってスポーツをする人に起こる、さまざまな問題を示す概念です。

 これまで、女性アスリートに見られる主な健康障害は「女性アスリートの三主徴」という概念で語られてきました。三主徴とは「視床下部性無月経」、「骨粗しょう症」、そして根本の要因となる「利用可能エネルギー不足」の三つを指します。

「女性アスリートの三主徴」は1990年代にできた概念です。しかしその後、エネルギー不足による様々な健康障害は男女に関わらず起こることがわかり、2014年、新たに「スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs)」という概念ができます。

「女性アスリートの三主徴」では、エネルギー不足による影響は無月経や骨粗しょう症のリスクのみにフォーカスされていました。しかし、実はエネルギー不足になると、性別に関わらず、代謝、骨、たんぱく質の合成、免疫から心血管、メンタルに至るまでカラダの様々な機能に影響すると言われています。その結果、健康障害を起こし、競技においても多くのマイナス面を引き起こすのです(図A参照)。この状態が、「スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs)」です。

3割超の指導者が女性アスリートに食事制限の指導をした経験あり

図A:スポーツをする人にみられる「相対的エネルギー不足」。心身にさまざまな健康障害を引き起こし、深刻な体調不良や運動パフォーマンスの低下を引き起こす要因となる【デザイン:野口佳大】
図A:スポーツをする人にみられる「相対的エネルギー不足」。心身にさまざまな健康障害を引き起こし、深刻な体調不良や運動パフォーマンスの低下を引き起こす要因となる【デザイン:野口佳大】

 さて、「スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs)」に関する新たな声明には、体重・体組成の管理について記載されています。私が着目したのは18歳未満の選手に言及した部分です。そこには、「18歳未満のアスリートには、医学的な理由以外で体組成の評価をしてはならない」と記されています。

 私は今回のIOCの声明を、「18歳未満の選手はよほどのことがない限り、食事制限をする必要はない」と解釈しました。なぜなら、食事を制限することによって成長を妨げたり、健康を害したりするリスクも抱えるからです。

 プロ・アマ、年齢を問わず、すべての競技者は健康を維持しながらパフォーマンスの向上を目指す、ということがとにかく大事です。

 もちろん、体重を軽くすることで競技・種目によって記録や成績は伸びるかもしれません。しかし、人は成長が続く20歳頃までは、カラダの構造上、人生で一番エネルギーが必要な時期です。その時期、健やかにカラダを作り上げていくには、運動も食事も適切であることは非常に重要です。

 また、IOCの今回の声明には、「アスリートのサポートチームには、残念なことに三つ特徴がある」とも記されています。

 一つは、体重・体組成の安全な調節や健康維持をしながら、パフォーマンスを向上させるための知識が不足していること。

 二つ目は、体組成の不適切な評価に基づいた数字を正しく評価せず、それが健康に悪影響を及ぼすことを理解していないこと。

 三つ目は、コミュニケーションスキルが不十分で、体重・体組成管理の正しい方法を知らないことです。

 日本陸上競技連盟の調査によると、女性アスリートに食事制限をするように指導することがある、と答えた指導者は約36%。これは男性アスリートに対しても33%の割合であることがわかりました。そのうち、「スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs)」を知っていると答えたのは、男性指導者で約52%、女性指導者で64%。

 陸連の指導者講習会に参加経験のある意識が高い指導者においても、約半数が「スポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs)」を知らず、かつ3割超が食事制限の指導をしている、という結果でした(回答者は男性指導者369名、女性指導者43名)。

指導者は聞き上手に、選手は伝える力を伸ばすことが大切

 多くのスポーツでは残念ながら、コーチングスタッフや家族、あるいはチームメイト間で、体重や体組成を調整するようプレッシャーをかける文化があります。

 しかし、「あの選手はやせているから美しい」「細いから強い」といった、根拠のない外見のイメージを植え付けると、自分の体にいつも満足できなくなり、そのプレッシャーから、摂食障害を起こす恐れがあります。若く、真剣に取り組む選手、真面目な選手ほど、競技のことで頭がいっぱいになり、危険です。

「女性アスリートの三主徴」の発症率は、体脂肪率が低く、エネルギー消費量の高いアスリート(持久系競技やバレエダンサーなど)はより高くなる、というデータがあります。また、私自身、これまでティーンのアスリートと接するなか、「食べない」ことが競技力やパフォーマンスの向上につながらないと気づいていないのだと感じることが多々ありました。

 ですから健康を守るには、選手に任せるだけでなく、見守る指導者や家族などサポートする大人が正しい知識を持つこと。それを日々、選手と接するなかで言葉にして、伝えていくことも重要だと思います。

 そのためにはまず、指導者は聞き上手にならなければなりません。また、選手自身が自分のカラダの状態を言語化して伝えられるように、育成することも大切です。例えば、「体調は大丈夫?」と聞くと、少し調子が悪くても「はい。大丈夫です」と答えてしまいがちです。しかし、「最近の体調はどう?」と聞くことで、いろいろな情報が引き出せるかもしれません。このようにオープンクエスチョンを使うと、円滑なコミュニケーションにつながり、選手の状態を適切に把握したり、選手の「伝える力」を育んだりすることにもつながります。

 選手がパフォーマンスを発揮するため、そして長く競技を楽しむために、指導者や家族の方も、エネルギー不足のサインを見逃さないよう気を配っていただければと思います。

(W-ANS ACADEMY編集部)

Sunaga Mikako

須永 美歌子

日本体育大学教授

日本体育大学教授、博士(医学)。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本陸上競技連盟科学委員、日本体力医学会理事、日本トレーニング科学会会長。運動時生理反応の男女差や月経周期の影響を考慮し、女性のための効率的なコンディショニング法やトレーニングプログラムの開発を目指し研究に取り組む。大学・大学院で教鞭を執るほか、専門の運動生理学、トレーニング科学の見地から、女性トップアスリートやコーチを指導。著書に『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)。

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