選手たちを支えるトレーナーのやりがい 理学療法士から転身、日本代表チームとして国際大会も経験――特集「スポーツ界で働く、スポーツで見つける将来」
「INTERVIEW / COLUMN」記事
選手たちを支えるトレーナーのやりがい 理学療法士から転身、日本代表チームとして国際大会も経験――特集「スポーツ界で働く、スポーツで見つける将来」
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2024.04.17
キャリア

一般社団法人日本ボッチャ協会専任トレーナー・古尾谷香苗さんインタビュー
東京2020パラリンピックで、個人、団体(チーム、ペア)でメダルを獲得したボッチャ日本代表「火ノ玉JAPAN」。長年、彼らを支えてきたのが、トレーナーの古尾谷香苗さんです。中学時代、膝の手術をしたことがきっかけで、理学療法士を目指した古尾谷さんに、当時から今に至るまでのお話を伺いました。
◇ ◇ ◇
――現在、ボッチャのナショナルチームのトレーナーとして活躍されています。もともとは理学療法士としてキャリアを重ねてきたそうですが、理学療法士の仕事を知ったきっかけを教えてください。
「私は中学時代、バレーボール部に所属していました。中学3年になる直前の春休みのこと、自宅でふとしゃがみ姿勢をとった際、右膝蓋骨を脱臼。検査の結果、内側側副靭帯断裂と診断されました。
医師からは手術をすればバレーボールが続けられると言われ、手術を即決断。術後の外来リハビリで、理学療法士に出会いました。
担当の理学療法士さんは、引退試合に間に合うよう、復帰の目標を立てくれました。その方が目標に向かって一緒に歩んでくれたから、不安なくリハビリに集中できたと記憶しています」
――高校でもバレーボールを続けましたか?
「バレーボールを続けたい気持ちはある一方で、『またケガをしたらどうしよう』という恐怖心を拭い去ることができなかった。結局、バレーボールは中学でやめました。
やめる踏ん切りがついたのは、リハビリを頑張って引退試合に間に合ったこと。そして、仲間と頑張れたことが達成感につながったからだと思います。ただ、テレビで春高バレーやVリーグが放映されていても、バレーを続けたかった気持ちや、どこか悔しい気持ちが出てきてしまい、長い間、見ることができませんでした」
――理学療法士を目指そうと思ったのはいつでしょう?
「高校で進路を考えたときです。信頼する担任の先生から『医療系など人に寄り添える仕事が向いているのでは』と助言を頂き、理学療法士の先生に支えられたことを思い出しました。
もっと早くに、体についての知識を持っていれば、私もケガを防げたかもしれない、今度は私がスポーツに励む人たちのサポートをしたい、という思いが強くなり、理学療法士になる目標ができました。それで一浪し、医療系の大学に進んだんです」
――大学卒業後、すぐにスポーツリハビリの仕事に就きましたか?
「いいえ、実は一度、スポーツの世界から離れます。大学時代、研修先で発達障害や難病の子どもたちとリハビリを通してふれあう中で、小児リハビリの世界で働きたい、と考えが変わりました。
卒業後は小児分野の理学療法士として、地元大阪府内の療育センターに就職。さらに、外来で子どもたちやご家族と接する中、ご自宅や地域での生活をサポートしたいと考えるように。それで、8年働いた職場から、小児訪問リハビリテーションの会社に転職しました。
私にとって小児リハビリは、理学療法士を続ける限り取り組みたい仕事です。ですから、現在も非常勤という形で、小児の仕事は続けています」
1ミリ、2ミリを争う正確性と緻密な戦略 「何だこのすごい競技は!」とボッチャに胸を打たれた

――ボッチャとの出会いを教えてください。
「理学療法士として働き始めた2年目のことです。当時の拠点であった大阪府で開催されていた、ボッチャ日本選手権大会のフィジオサポートに参加し、この競技を知りました。
最初は、子どもたちの理学療法を行うなか、親子はもちろん、誰とでも、誰にでもできるレクリエーションのスポーツとしての魅力に引き込まれました。
でも、日本選手権で世界のトップで活躍する代表選手たちの試合を観て、1ミリ、2ミリを争う投球の正確性と、緻密な戦略が駆使された頭脳プレーに引き込まれた。『カッコいい、何だこのすごい競技は!』と胸を打たれました」
――競技としてのボッチャの魅力に気づいたんですね。
「競技を深く知りたい気持ちはもちろん、ありました。ただ、当初は障がいを持つ子どもたちに、『大きくなってからもスポーツができるよ』という選択肢があることを伝えたい気持ちのほうが大きかったです。
障がいを持ち、一人で自由に動けない子どもたちは、家族や学校、通所施設などのコミュニティ以外、人や社会と繋がる機会は少なくなってしまいます。でも、スポーツというツールがあれば、世界が広がる。
ですから、子どもたちが今後、どんなサポートがあれば、日常生活の中にスポーツが取り入れられるのかに興味が湧きました」
――ボッチャに深く関わるようになったのは、いつ頃ですか?
「2012年、ロンドンパラリンピック後です。当時、ボッチャ協会ではコンディショニング部を新たに設立。所属できるトレーナーを探すなか、日本代表チームスタッフを務める理学療法士の先輩が『一緒にやらないか?』と声を掛けてくださいました。理学療法士になり、小児分野に進んだからこそ、ボッチャというスポーツと出会ったので、本当にご縁を感じます」
――小児リハビリの仕事をやめて、専任のトレーナーに?
「専任になったのは2017年です。13年以降、代表チームの合宿や国際大会に帯同するようになると、勤め先の有給を消化するだけでは休みが足りず、欠勤をしないとボッチャの仕事は続けられない状況になりました。
このままでは会社にも迷惑がかかると悩んでいたとき、協会から専任トレーナーのお話を頂きました。東京2020パラリンピックの開催決定も後押しとなり、ボッチャ専任トレーナーとして頑張ってみよう、と腹を決めて退職。拠点を関東へと移し、現在に至ります。
キャリアチェンジしたことでナショナルチームに注力することができ、東京パラへの強化に繋がる働きができたと思います」

――今、古尾谷さんの肩書きは「トレーナー」ですが、ボッチャ競技においてトレーナーとは、どんな仕事をされるのでしょうか?
「パラスポーツの場合、トレーナーの仕事内容は健常者のスポーツと少し異なります。
特徴としては、トレーナーの大きな役割として、食事、入浴、トイレ、更衣など選手の生活介助を行う点です。そのためボッチャに関わるスタッフは、理学療法士などセラピストのほか特別支援学校の教員など、障がいの特性を理解できる方が多く集まっています。
また、仕事の幅も非常に広い。生活介助から、体のケア・コンディショニングやトレーニング、そして競技のコーチングと、皆が色んな役割を兼務します。その中で、コーチングが得意な人、トレーニングの得意な人……など、それぞれのポジションで采配を振るい、組織化されています」
今後は全国にコーチやトレーナーの育成に注力 同時に、選手一人ひとりの夢を応援していきたい

――2020年、古尾谷さんはスポーツ庁の事業である女性アスリートの育成・支援プロジェクト「女性エリートコーチ(※)育成プログラム」に参加します。そこで、「パラスポーツエリートコーチ育成プログラム」を受講しますが、受講に至った理由を教えてください。
「『パラスポーツエリートコーチ育成プログラム』は、パラリンピック等、スポーツにおける女性トップアスリートの強化・育成環境を担う、女性エリートコーチ育成を目指すプログラムです。
ナショナルチームで仕事を続けていくなか、コーチング専門のスタッフと対等に話をしたり、関係性をうまく築いたりするために、私自身のコーチングスキルをあげる必要性を感じました。
そこで、エリートコーチ育成プログラムを受講。また、今年、アスレチックトレーナー(AT)の資格も取得しました」
――今後の目標を教えてください。
「まずは、パリ2024パラリンピックで成績を出すために、ナショナルチームのサポートをしっかり行っていくこと。そして、ロス大会に向けて、サポートスタッフを増やすことです。今の私は、コーチ、トレーナーの育成を担う役目も期待されています。今後は日本全国に、ボッチャを支えるコーチ、トレーナーを増やすことにも注力していきたいです」

――今の仕事のやりがいや魅力とは?
「ボッチャの選手たちに『趣味は何?』と聞くと、『ボッチャ』と答えが返ってくるほど、ボッチャが『生きがい』の選手が多くいます。日常生活では色々と援助が必要な選手たちが、コート上では自分の意思でやりたいことを表現できる。そんな魅力的なスポーツに携われていることに、やりがいを感じます。
選手たちは『パラリンピックでメダルを獲りたい』などの夢や目標を持って、競技に取り組んでいます。叶えたい夢や目標は一人ひとり異なりますが、私はそれを応援したい。選手が求めてくれるのであれば、誠意を持ってしっかりサポートをしていきたい。その想いが、仕事の原動力です」
――最後に、将来について悩む運動部の学生、コーチを目指す学生たちに、一言お願いします!
「今はインターネットによって、ものすごい量の情報が身近に溢れている時代です。でも、文字情報を眺めるよりも、リアルな場所で様々な体験をすることで、見えてくること、感じることってすごく多い。ただスマートフォンをいじるだけでなく、興味のある事柄を見つけたら、実体験できる機会を増やしてほしいと思います。そういった経験が、好きなこと、興味の持てることに出会うきっかけになったり、将来のヒントに繋がったりしますよ」
※女性アスリートや女性コーチにとってのロールモデルとなり得る、高い競技水準で指導を行う女性コーチのこと。
【プロフィール】 古尾谷 香苗 / Kanae Furuoya
一般社団法人日本ボッチャ協会専任トレーナー。理学療法士。パラスポーツトレーナー、アスレチックトレーナー。鶴見かとう整形外科所属。1984年5月6日生まれ、大阪府出身。神戸大学医学部保健学科卒業後、小児専門の理学療法士としてリハビリに携わる。2013年からトレーナーとして、ボッチャの日本代表強化合宿に参加し、数多くの国際大会に帯同。ボッチャやパラスポーツの選手サポートに注力している。
(W-ANS ACADEMY編集部)
RECOMMENDED ARTICLES
おすすめ記事

2025.01.31
ずぼら女子でも心配無用! 専門家が助言、W-ANS ACADEMY流「カラダダイアリー」の書き方を紹介
コンディショニング

2025.01.28
「何かおかしい」との気づきになる 女子選手の“本当の状態”を見抜く3つのデータを産婦人科医が解説
コンディショニング

2025.01.28
カラダダイアリーで「誰よりも自分を知ろう」 専門家が推奨、心身の状態を毎日“数値化”する効果
コンディショニング

2024.12.27
栄養士直伝の「腸が喜ぶ」スープ3選 女性アスリートに不足しがちなミネラルも一緒に補おう!
コンディショニング
食事

2024.12.27
スポーツ選手に不可欠な「腸が喜ぶ」食事 免疫力維持へ、「善玉菌」のエサになる食品を摂ろう
コンディショニング
食事
What’S New
最新記事

2025.01.31
ずぼら女子でも心配無用! 専門家が助言、W-ANS ACADEMY流「カラダダイアリー」の書き方を紹介
コンディショニング

2025.01.28
「何かおかしい」との気づきになる 女子選手の“本当の状態”を見抜く3つのデータを産婦人科医が解説
コンディショニング

2025.01.28
カラダダイアリーで「誰よりも自分を知ろう」 専門家が推奨、心身の状態を毎日“数値化”する効果
コンディショニング

2025.01.10
女性の医療費負担を幅広くサポート ユニ・チャームが生理管理アプリ「ソフィBe」で少額短期保険の販売開始
コンディショニング
月経

2024.12.27
笑顔のランナー・福⼠加代⼦さん、「HEROs AWARD 2024」を受賞 「走る楽しさ」伝える活動が評価