「この国で休むって大事件」 休みづらい日本で…選んだ1年間の休養が「正解だった」と言える理由――バスケ・馬瓜エブリン「女性アスリートと多様性」
「INTERVIEW / COLUMN」記事
「この国で休むって大事件」 休みづらい日本で…選んだ1年間の休養が「正解だった」と言える理由――バスケ・馬瓜エブリン「女性アスリートと多様性」
著者:神原 英彰
2024.03.08
キャリア

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」最終日 女性アスリートと多様性/馬瓜エブリンインタビュー前編
「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「“つながり”がつくる、私たちのニューノーマル」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場します。さまざまな体験をしてきたアスリートといま悩みや課題を抱えている読者をつなぎ、未来に向けたメッセージを届ける内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。最終日はバスケットボールの馬瓜エブリン(デンソー)が登場します。
テーマは「選択の多様性」。東京五輪で日本代表の一員として銀メダルを獲得し、一躍時の人となったが、2022-23年シーズンの休養を選択しました。復帰後にパリ五輪出場権獲得に貢献したことも記憶に新しい。日本の社会には休みづらい風潮があり、アスリートのメンタルヘルスが課題になっていることも事実。前編では、なぜエブリンが現役選手でありながら休んだのか、休養期間中に取り組んだことを語り、「本当に、休んで良かったと思っています」と率直な想いを明かしてくれました。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
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◇ ◇ ◇
2月11日、ハンガリー・ショプロン。歓喜の輪の中に、彼女はいた。
パリ五輪の出場権をかけた最終予選第3戦で世界ランク9位の日本が同5位のカナダに86-82で勝利。3大会連続で五輪切符を手中に収めた。それから10日後の2月21日、オンラインでインタビューに応じた馬瓜エブリンは穏やかに口を開いた。
「ホッとしていますね。日本のバスケットの今後のためにも(出場を)続けていかなければいけない責任はあると思っていました」
こう想いを話したパリへの道だったが、その途中に歩みを止め、コートから離れた1年間があった。
2021年、東京五輪。地元開催となった晴れ舞台、トム・ホーバス監督に導かれ、快進撃を演じた日本は決勝まで駒を進めた。男女を通じて史上初となるメダルを銀で獲得。原動力の一人となったのが、エブリンだ。
明るいキャラクターも相まって、一躍、時の人に。バラエティ番組でタレント顔負けのコメントと立ち振る舞いでお茶の間を賑わせた。そして、ツイッター(当時)で決断を公表したのは、Wリーグの2022-23年シーズンの開幕を控えた2022年7月26日夜のこと。
「エブリン、人生の夏休み!!」
こう記して1年間の休養を明かした。Wリーグで8年間プレーし、夢の五輪に出場、所属チームでリーグ2連覇。バスケを始めてから27歳まで、あらゆる壁を乗り越え、やり遂げた自分を労いたい。そんな率直な想いをつづった。さらに、東京五輪後に日本代表から離れていた期間も批判的な声が届いたことに触れ、「国民性かもしれませんが、、この国において休むって大事件なんですよね」と、休むことについて嘘偽りのない考えを打ち明けた。
「ノンストップで駆け抜けていかなくちゃいけない選手もいる 人によっては、ちょっと今クールダウンして、時間作って自分と向き合おうかな! っていうタイミングの選手もいます! 自分はちょうど今が休みどきだと思った次第で、本当に人によって違うと思う
ただ、バスケでも社会でも、休みたいと思っても休めないのが現状で、周りの雰囲気的に休めない、無責任と感じてしまわれるのでは?、勇気が出ない、休んだ間に自分のポジションがなくなる、といった理由で躊躇することっていっぱいあると思います。
だけど『これって誰の人生だっけ?』って何回でも自分に聞いてみたら、自ずと答えは出ると思う!」
13本に分けた投稿は大きな反響を呼ぶことになり、選手として小休止した。
「休養が取りづらい風潮が日本にはある。一つの事例として見せたかった」
「本当に、休んで良かった。正解だったと思っています」
あれから1年半あまり。コートに帰ってきたエブリンは休養を振り返り、迷いなく言う。「自分を見つめ直す時間になり、いろんな方と関わることで自分がアップデートされる時間になった。確実に、復帰してからもバスケに繋がったと思います」
休むことに静的と動的があるとすれば、エブリンの場合は後者。
知名度を生かし、バラエティ番組はもちろん、男子ワールドカップ(W杯)の巧みな解説が話題になるなど、エネルギッシュに活動。さらに、休養期間中にバスケット選手ともう一つ、肩書きが増えた。社長だ。
マネジメント会社「Back Dooor」を設立。米国のシリコンバレーを視察して起業家やベンチャーキャピタルと交流し、利用者がアスリートと1対1のビデオ通話で交流できるサービスを手掛けるなど、手腕を発揮した。
実は小さい頃にオリンピック選手ともう一つ、夢に描いていたのが「社長になること」だった。
高校時代から体育館にある新聞を読み、社会情勢をチェック。選手生活の傍ら、経営の本を読み漁り、ツイッターを創業した実業家ジャック・ドーシーの哲学に憧れた。現役中に起業したのも、スポーツ領域なら知名度や人気を含めた「現役選手」の鮮度を利用したかったから。
しかし、「どうやって世の中が回っているか知っているつもりでも、実際にやってみたら(想像)より複雑で。自分のできないことがいっぱいあった」と言う。
「今まで1人で何とかするところも、できないことを認めて、周りの方に頼ったり、お願いしたり。凄く勉強になった。もちろん勉強も必要だけど、行動ひとつで凌駕できるということも見えた。そういう意味では、起業したことは自分の中では大きかった」
競技と並行してキャリアを形成する「デュアルキャリア」という言葉がスポーツ界に溶け込みつつある時代。一人の人間としても成長に繋がり、プレーヤーとしても自分が得点するかより、周りがどう生きるかの視点が広がった。
何より、休養して3か月でもうコートに戻りたくなった。一番大切なバスケ愛も再確認した。
「ポジションがなくなる、パフォーマンスは下がることは承知の上。五輪で銀メダルを獲れたという人生で凄く大きな出来事があり、ここで休んだとしてもデメリットよりメリットが大きい。アスリートじゃなくても、なかなか休養が取りづらい風潮が日本にはある。一つの事例として見せかったこともあります」
ハンガリーの舞台で獲得した五輪切符は、選択が正解であることのひとつの証明と言っていいだろう。
筆者はエブリンを初めて取材した。質問のたびに真剣な表情で、意図をかみ砕きながら端的な言葉が返ってくる。ひと言で言えば、聡明。テレビで見るキャラクターも計算の上だろうが、表向きの印象とギャップが大きい。それを伝えると、本人は笑った。
バスケを知らないお茶の間に「バスケをやっている面白い人」と認知されても、エブリンは意に介さない。
「こんなこと言ったら怒られてしまうかもしれないですが、真面目な番組より面白い番組の方がみんな見るじゃないですか(笑)。そういう意味でも自分自身のもともとのキャラクターもあって、いろいろ出演させていただいたのは凄く自分の中で楽しかったですね」
自分の意思と選択で貫く信念「why not?(なぜ、やらないの?)」
話を聞いていて、印象的なことはエブリンの選択の意思の在りかだ。
現役選手でありながら休養を選択すること、社長としてビジネスの世界で勝負すること。決して“普通”ではない。人と違っても、自分の信念に基づき、自分を導いている。その選択と行動の源泉はどこにあるのか。
「もともと興味・関心がいろんなところにある性格で。逆にバスケここまで続けているのが不思議なくらいですが、『why not?(なぜ、やらないの?)』が座右の銘にある。もし、やっちゃいけない理由がないんだったら、興味あることはいろんなことをやってみようという考えに自分は支えられています」
こうしてオンリーワンの道を歩んでいるが、28年の人生を振り返ると、エブリンも“他人と違うこと”に悩んだ過去があった。
幼少期。
ガーナ出身の両親のもとに生まれた。なんで、私はみんなと肌の色が違うの。髪の質が違うの。そう悩むエブリンを救った言葉。
母のものだった。
(後編へ続く)
■馬瓜 エブリン / Evelyn Mawuli
1995年6月2日生まれ。愛知・豊橋市出身。ガーナ出身の両親を持ち、小学4年生からバスケットボールを始める。14歳の時に本代表として国際大会に出場するため、家族で日本国籍を取得。名門・桜花学園(愛知)では高校3冠を達成した。卒業後の2014年にWリーグのアイシン・エィ・ダブリュ ウィングス(アイシン ウィングス)に入団し、日本代表に選出される。2017年にトヨタ自動車アンテロープスに移籍し、20-21年シーズンから連覇を達成。東京五輪では銀メダルを獲得した。1年間の休養を経て、2023年からデンソーアイリスに在籍。妹のステファニーも日本代表。身長180センチ、ポジションはパワーフォワード。
(W-ANS ACADEMY編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)
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