Home

「INTERVIEW / COLUMN」記事一覧

「出産のタイムリミット」を意識した30歳の転機 妊娠公表の裏で葛藤、アスリートとして芽生えた恐怖心――ゴルフ・有村智恵「女性アスリートのライフプラン」

「INTERVIEW / COLUMN」記事

  

「出産のタイムリミット」を意識した30歳の転機 妊娠公表の裏で葛藤、アスリートとして芽生えた恐怖心――ゴルフ・有村智恵「女性アスリートのライフプラン」

著者:金 明昱

2024.03.05

キャリア

コンディショニング

日本女子ゴルフ界を長年牽引してきた有村智恵が語る、1人の女性アスリートとしての人生設計【写真:Getty Images】
日本女子ゴルフ界を長年牽引してきた有村智恵が語る、1人の女性アスリートとしての人生設計【写真:Getty Images】

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」4日目 女性アスリートとライフプラン/有村智恵インタビュー前編

「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「“つながり”がつくる、私たちのニューノーマル」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場します。さまざまな体験をしてきたアスリートといま悩みや課題を抱えている読者をつなぎ、未来に向けたメッセージを届ける内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。

 4日目は2000年代後半から日本女子ゴルフ界を長年牽引してきた有村智恵(フリー)が登場します。テーマは「女性アスリートとライフプラン」。結婚・妊娠・出産・育児など、女性にはキャリアに影響を与えるライフイベントが多く存在します。「妊活」公表を経て、36歳で出産を控える有村が語る、1人の女性アスリートとしての人生設計。前編では一気にトップレベルへ駆け上がった20代前半に思い描いていた未来の姿と、30歳を迎えて大きくかけ離れていく現実を知った瞬間を振り返りました。(取材・文=金 明昱)

 ◇ ◇ ◇

 女子プロゴルファーの有村智恵は昨年11月、自身のインスタグラムを通して第1子を妊娠したことを公表した。現在は実家がある熊本で過ごしながら、出産に向けた準備をしている。

 自ら妊娠した事実を公にするアスリートはそう多くはないが、公表した理由について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「正直、本音を言うと『発表したくなかった』という思いが強かったです。生まれてくるまで、本当に何があるか分からないですから。妊娠後も『ちゃんと育っているのかな、生むまで育てられるかな』という不安が大きくて、“妊娠を喜ぶ瞬間”というのがなかったんです。だから報告するのも怖かった。でも、私がメディアの仕事をしていたので、お腹が大きくなると隠し切れない状態にもなる。それなら自らちゃんと発表しようと決心しました」

 そんな不安と戦いながらの発表だったが、反響は想像以上に大きく、祝福の言葉がたくさん届いた。

「周囲の温かい声を聴いて、本当に妊娠したんだなっていう実感を得ることができました。今は発表して良かったとプラスに捉えています」

 国内女子ツアー通算14勝。プロデビュー後は2008年にツアー初優勝、09年は年間5勝して賞金ランキング3位まで上り詰め、名実ともにトッププロの道を駆け上がった。屈指のショットメーカーで、ツアー人気を牽引した選手の1人でもある。

「20代の頃は、今の自分の姿を想像すらできていなかった」と振り返る。実際、プロゴルファーは長く続けられる職業でもあることから、辞め時が難しい競技かもしれない。有村がデビューした当時は、上の世代が活躍していた時代だった。

「私がこの世界に入った時、当然のように30、40代の選手が躍動していました。それに妊娠、出産を経て続けている方も実際にいました。だから私もプロゴルファーって長く活躍できて、出産後もまた戻ってこられるんだなと思っていました」

厳しい現実と勇気づけられた同世代ゴルファーの姿

 ただ、年を重ねるごとに世代交代と競争の激しい世界へと変化した。その要因は様々だが、若手の技術レベルの向上、トレーニング理論や道具の進化、インターネットの普及で世界のプレーを気軽に見られる環境になったことなど、挙げればキリがない。

 実際に世界を見渡しても20代前半の選手がツアーを牽引しており、10代の選手も実力次第でのし上がることができる。有村も2018年の1勝を最後に優勝から遠ざかり、若手の勢いに押し出される形で2022年にシードを喪失した。デビューした当時の“長くゴルフを続けられる”イメージから、大きくかけ離れていく現実を知る。

「ツアーの環境が急速に変化したのはここ10年くらいです。たとえ1度でも出産などでツアーを離れると、プロゴルファーを続けられるのかとか、自分にどれだけのリスクがあるんだろうという恐怖心が芽生えてきて……。それに20代の頃は無知なので、結婚や出産も自然とできると思っていて、それほど高いハードルじゃないと思っていた部分はありました」

 当事者になって初めて気づくことは多いが、大きく考え方が変わったのは30歳になった時だという。

「女性は20代から30代になる時、数字に敏感にもなるかもしれません。出産もタイムリミットがあるというのも分かっていて、それを現実的に感じてしまうのが『30』という数字が見えた時でした」

 これから自身のライフプランをどう立てるべきか――。女子プロゴルファーとして、女性アスリートとして選択と決断が近づいている現実。それを受け止めることは、何度も優勝を経験してきた有村にとってはそう簡単なことではなかった。

「子供を持ちたいと思ったら、あと何年、ゴルフができるのかなと考え始めました。とはいってもツアー生活はまだ続けられる年齢だし、ゴルフも楽しい。でも妊娠、出産となれば、2年は離れますよね。でも実際に自分が妊娠すると『離れる』という単純な問題じゃなく、出産までは『命がけ』なんだと今まさに体感しているところです。現実を知れば知るほど簡単に戻れるものじゃない。もしかしたらツアー復帰は時間がかかるかもしれないし、戻れないかもしれない。そんな思いも湧いたりしました」

 想像よりも現実はもっと厳しい。それでも勇気づけられたのは、年齢の近い女子プロゴルファーたちの活躍だ。35歳の若林舞衣子(ヨネックス)は19年に第1子出産後にツアー復帰し、21年に4年ぶりのツアー4勝目を挙げた。有村がバリバリ活躍していた頃、ライバルだった横峯さくら(エプソン)も出産後に復帰し、キャディを務める夫と二人三脚でツアーを転戦している。

「(横峯)さくらさん、若林さんも出産後に復帰して、子育てとゴルフを両立するのは本当に凄いことで大変な決断だと思います。きっといろんな葛藤の中で復帰されたんだと思います。実際に大きな夢を持たせてもらっていますし、自分も子供にプレーしている姿を見せたいという憧れがあって、いつかは叶えたいです。

 ただ、それを実現する大前提として、『子供を見てくれる人がいること』が最低条件ですよね。私は、実家の熊本に両親がいますが、私たち夫婦は東京に住んでいる。子供ができたら、遠く離れている両親、一緒に住む夫と協力することはできても、いろいろな難しい条件が重なると復帰へのハードルが上がります。そこをどう解決するのかという問題は、きっと仕事を持つ多くの女性が抱える共通の悩みだと思います。私の気持ち的にもしっかり子育てしてみたいなという思いもあるので、そう考えると復帰はそう簡単なことではないと実感しています」

 各家庭にそれぞれ子育ての形は違ってくるが、まさに有村も出産後の子育てとツアー復帰の両立をどのような形にしていくべきかは、その時々で考えていくのだろう。

女性がキャリアと結婚を「当たり前」に両立する時代

 一方で、国内ツアーも近年はツアー会場に託児所が設置されるなど、少しずつ子供を持つプロゴルファーを支える環境整備も始まっている。

「日本も一昨年くらいからツアー会場での子育て支援の動きが始まりましたが、10年前の米ツアーではそれがスタンダードでした。2013年から米ツアーに参戦しましたが、当時から託児所も毎週の試合会場にありましたし、子供の教育プログラムやアクティビティーも充実していて、ただ預かるだけでなく、近くの博物館に連れて行ってくれたり、カリキュラムも整っているという話も聞いていました。こうした問題は当事者や、その年齢にならないと真剣に悩まない部分ではあると思いますが、女子プロゴルファーは必ず直面する問題でもあるので、少しずつ意識できるような環境になっていけばうれしいです」

 アメリカに比べて日本の動きは遅いとはいえ、女性のツアー復帰をサポートする施策が増えてきた。こうした動きが要因なのかは分からないが、昨年12月に木戸愛(フリー)が男子プロの神農洋平と8月に入籍していたと公表。同月に松森彩夏(スターツ)がJリーグ・横浜FCの吉野恭平との結婚を発表。2月に入って藤田光里(AKRacing)や江澤亜弥(NSW)がいずれも会社員男性との結婚を発表した。

「今は女性にも選択肢がたくさんある時代。プロゴルファーだけじゃなくて、女性がキャリアを継続して、結婚も両立できるのが当たり前の時代になってきたからこそ。自分の人生を好きに歩んでいいという風潮になってきたのかなと思います。今思うと、それが当たり前なんでしょうけれど」

 有村が22年シーズン終了後にツアーを休養し、自身のインスタグラムで「妊活に専念する」と公言したのは、そうした背景と決して無関係ではなかった。

(後編に続く)

■有村 智恵 / Chie Arimura

 1987年11月22日生まれ。熊本・熊本市出身。10歳からゴルフを始め中学時代に全国大会優勝を果たすと、名門・東北高に進学。卒業後の2006年のプロテストに合格した。08年6月のプロミスレディスでツアー初優勝を飾ると、翌09年は年間5勝を挙げて賞金ランク3位に躍進。12年9月の日本女子プロゴルフ選手権コニカミノルタ杯で国内メジャー初制覇を果たした。13年から米ツアーに挑戦し、16年に日本ツアーへ復帰すると、18年のサマンサタバサガールズコレクションで6年ぶりの復活優勝を遂げた。21年12月に結婚を発表。22年11月に妊活で休養を宣言し、昨年11月に第1子妊娠を発表した。日本ツアー通算14勝。近年は30歳以上の女子プロゴルファーの大会「KURE LADY GO CUP」を立ち上げ、ゴルフ番組MCを務めるなど活躍の場を広げている。

(金 明昱 / Myung-wook Kim)

SUPPORTERSサポーター