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自分が想像する限界を突破できるのがモーグルの魅力 誰もやらない挑戦を続ける、カッコいいスキーヤーになりたい――モーグル・川村あんり【私とカラダ】

「INTERVIEW / COLUMN」記事

  

自分が想像する限界を突破できるのがモーグルの魅力 誰もやらない挑戦を続ける、カッコいいスキーヤーになりたい――モーグル・川村あんり【私とカラダ】

著者:長島 恭子

写真:回里 純子

ヘア&メイク:榊 美奈子

2024.02.28

コンディショニング

 現役女性アスリートが様々な角度から自分のカラダと競技について語る新連載「私とカラダ」。第2回はスキー・モーグルの川村あんり選手です。15歳で世界2位に輝いた川村さんはその後、「勝てない」日々に苦しみます。そこで取り組んだ肉体改造が功を奏し、女子選手には難しいと言われるターンに挑戦。今なお理想のターンを目指し、日々、練習を続けています。川村さんの転機となったトレーニングと、試合で力を出し切るために行っている、「心のチューニング」方法を伺いました。

世界2位を決めた後、一度も勝てなくなり持っていたものを捨ててイチから体を作り直した

 私、人生初めてのワールドカップで、2位になったんです。

 当時は15歳。まだ、ワールドカップがどんな大会なのかも、よくわかっていませんでした。大好きなスキーを続けていたら、ワールドカップに出場し、気づいたら表彰台に乗っていた。そんな感じです。

 モーグルは1シーズンにワールドカップが9戦あります。銀メダルを獲ったのは開幕戦。ところがその後、1回も表彰台に乗れなくなります。

 滑りは変わっていないのに、得点は伸びない。ベストを尽くしても勝てなくて、そのうち、自分の何がダメなのか、全く分からなくなりました。

 転機になるのは、その年のオフシーズンです。

 モーグル競技は雪のこぶがいくつも配置された、約200メートルの急斜面のコースを滑走します。そして、スピードやエアーの演技、ターンの技術で採点。なかでも大きいのは得点の6割を占めるターンです。そこで、ターンをイチから作り直そう、と決めました。

 その時から私のチームは板のエッジを使い、綺麗なターンを描く『カービングターン』を目指しています。

 元々、ターンは自分の強みでしたし、当時は『スライドターン』という技で、得点も出していました。でも、カービングターンはより滑りがアグレッシブに見えるし、迫力がある。そのスタイルで滑りたいという気持ちが強く、ターンを変えるきっかけになりました。

 今、女子のほとんどの選手はスライドターンを採用しています。なぜなら、カービングターンは、こぶを乗り越える際、体に受ける衝撃がすごく強いから。体がブレやすく、安定した姿勢を保つのが難しいんです。特に女子の選手は男性に比べてパワーに欠けるので、いい滑りをするにはかなり難しい技術が要求されます。

 そこで、改めてカービングターンをしっかり分析。すると、パワーに劣る女子選手がカービングターンを可能にするためのポイントが、結構あることに気づいたんです。

 大きく変える必要があったのは、体の使い方です。板の動かし方や、こぶからの衝撃を吸収するタイミング。外から見たらわからないような小さな違いを変えることで、今までとはまったく質の異なる、カービングターンを目指しました。

 最初に取り組んだのは、体の矯正です。トレーナーや理学療法士に協力していただき、日常生活から体の使い方を変えました。例えば、座ったり歩いたりするときに左右均等に体重が乗らないと、一方のターンが絶対にうまくいきません。ですから、座り方、立ち方から矯正。リハビリテーションで行われるような、本当に地味なトレーニングでした。

 変化の手ごたえを感じたのは、実は昨シーズンです。ターンがかなりよくなり、滑りの質の向上や大きな演技にもつながるようにもなりました。でも、まだまだよくなる余地はたくさんあると感じています。

 私の感じるモーグルの魅力は、想像する以上に、自分の限界を突破できることです。

 持っているものを捨てて、新しいことを取り入れるチャレンジは、すごく怖かった。でも、怖さに負けたら成長はできません。「怖い」という気持ちを封印しチャレンジするから、成長につながる。そして、私が最も熱中できて、チャレンジできるのがモーグルなんです。

 モーグルは「イメージどおりの滑りがどこまでできるのか」というゴールのない世界。それが、面白さであり魅力です。

緊張でひざが曲がらなくなったとき「ヤバい」なって。試合前は練習を一つひとつ振り返り、心を落ち着けます

 緊張ですか? 大会のときは毎回、めっちゃ緊張します。

 一番緊張するのは、スターターに上がる瞬間です。そのとき、自分がやってきた練習とか思い出し、一旦、気持ちを整理します。

 以前は怖さと緊張のあまり、手が動かなくてエアーで板をうまく掴めなくなったり、脚がガクガクになったり、まったく動かなくなったこともありました。一度、スタート直前で吐きそうになり、「あ、人って本当に気持ち悪くなるほど緊張するんだな」って思ったこともあります。

 このままではまずい、全然飛べない。そう考えて、ワールドカップサーキットに入ってから2シーズン目かな。「緊張する理由って何だろう」と、自分に向き合ったんです。

 緊張の原因は、今の自分にできること以上の滑りをやろうとするからだ、と気づきました。それからは毎回、緊張の原因を細かく分析しながらスターターに向かいます。緊張や怖さの原因を一つひとつ、練習内容や積んできたことを照らし合わせながら、頭のなかで解決していく。すると、「これだけやってきたんだから、何が起こっても大丈夫」と、質のいい練習と量を積んできたことが自信になり、落ち着きます。

 逆に、ルーティン的なものは一切やりません。私は細かいことがめっちゃ気になるタイプ。例えばメイクも「ファンデーションがちょっと失敗しちゃったな」と思うと、完成した後でも全部落としてやり直します。だからルーティンなんて作ったら一つでも外れたらめちゃめちゃ気にするし、一生、スタートできないと思う。

 でも、メイクはこだわっています。モーグルの試合会場には大きなビジョンがあり、ゴール後、選手の顔がアップで映される。その時、自分の顔が明るく見えると、気分が上がるんです。

 特に目周りは重要。眉毛はゴーグルを取ると見えるから、どう書いたら可愛く見えるか、落ちないかなど研究。アイメイクはゴーグル、フェイスマスクの色や、試合によって変えます。

 ゴーグルのレンズは、試合時間や天気によって色を変えるんですね。暗い夜の試合ではクリアが多く、ゴーグルをつけても表情が丸見え。だから、アイラインを強くしたりシャドーを濃く入れたりして、強い印象に。ゴーグルがピンク系なら、アイシャドーにピンクやラメを入れて優しい感じにしたり、黒のときは色のトーンを抑えてシックにしたり、という感じです。

 メイクが思い通りに仕上がると、自分のなかでかなりテンションが上がります。だから、普段からメイクはめっちゃ練習するし、落ちなくて、肌映りのいいファンデーションも常に探しています。

 今、自分が成長していくことがすごく楽しいです。ワールドカップのサーキットに加わった頃は、トップの選手が本当にカッコよく映ったし、「私もあんな風になりたい!」と思っていたこともありました。でも、彼らと一緒に練習や試合をするなかで、誰かに憧れるのではなく、今までにいない選手になりたいという気持ちが強くなったんです。

 今の目標は、競技としてはオリンピックでメダルを取ること。そして、大きな目標は誰もがやらないことにチャレンジし続ける、カッコいいスキーヤーになることです。

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【プロフィール】川村 あんり/ Anri Kawamura

2004年10月15日 生まれ、東京都出身。元アイスホッケー選手の両親のもとに生まれ、3歳でスキー、4歳からモーグルを始める。湯沢学園9年生(中学2年)の2018年JOCジュニアオリンピックカップに出場し優勝。翌19年12月にフィンランドで開催されたワールドカップで国際大会デビューし、いきなり2位となる。2019-2020シーズンの国際スキー連盟のワールドカップ フリースタイルスキー女子部門で新人賞を受賞した。日本体育大学桜華高校在学中の21年12月、日本女子としては上村愛子以来、11年ぶりのワールドカップ初優勝を飾る。2022年、北京オリンピック出場。フリースタイルスキー競技女子モーグル決勝で5位入賞を果たす。
公式Instagram
https://www.instagram.com/anrikawamura/

(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

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