「INTERVIEW / COLUMN」記事
栄養バランスを考えるのが苦手でも… オリンピック選手が貫いた体重コントロールのマイルール――元トランポリン選手・岸彩乃さん
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2023.10.31
体重管理

元トランポリン選手・岸彩乃さんインタビュー後編
高校時代から日本のトップ選手として活躍した元トランポリン女子日本代表の岸彩乃さん。2012年ロンドン五輪出場をかけて戦ったオリンピックレース中、プレッシャーにより痩せてしまった時期があったといいます。「体重との付き合い方」を語るインタビュー後編では、選手時代、どのように体重と食事をコントロールしていたかを伺いました。
◇ ◇ ◇
――岸さんは高校時代から日本のトップ選手として活躍されます。世界大会に出場するようになって以降、体重・体形で悩まれたことはありますか?
「ロンドン五輪(2012年)の最終選考の頃、一度、すごく痩せてしまったことがあります。
当時はあまり体重を測っていなかったこともあり気づけなかったのですが、ある時期から急に、トランポリン台から飛ばされるようになり、ジャンプに安定感がなくなってしまった。これを私たちは『台に負ける』といいますが、おかしいなと思い体重を測ったら、大幅に体重が減っていました」
――痩せた原因は何だったと思いますか?
「ひとつは、選考が佳境に入っていたので、練習量がグッと増えていたこと。でも、やはり精神的な影響が大きかったと思います。人生で初めてオリンピックレースを戦うなか、自分を冷静に見られなくなっていた。体形は変化していたと思いますが気づけなかったのも、視野が狭くなっていたからだと思います。
ただ、自覚をしてからは三度の食事と補食を多めにとるように心がけて、徐々に体重を戻していきました」
――現役時代の体重コントロールのマイルールとは?
「食事のバランスはだいたい一週間のスパンで考えること、です。
私はきっちりと栄養バランスを考えて整えることが苦手なんですね。だから、無理に一食一食で栄養バランスを考えたり、逆に『絶対に○○しなければいけない』というようなルールを設けたりはしませんでした。
チームメートや友達と焼肉に行く日は、体重を気にしないで食べますし、『食べすぎたかな?』と思ったら、翌日にコントロールする。そうやってだいたい1週間のスパンで考えるようにしていました。
あとは『最近、肉が多めだからもっと魚を食べよう』とか、『海藻やキノコ類をとってないから意識して食べよう』とか、摂っていない食材を意識して摂るよう心掛けていました」
今、指導者として感じる体重コントロールの課題

――今、指導者として若い選手と接していますが、食事の面で感じることはありますか?
「食事の様子を見る機会はなかなかないのですが、10代の選手の話を聞くと、お洒落なカフェやフラペチーノみたいな見栄えのよい飲み物へのあこがれがあり、毎週のように通ってしまうようです。
また、『オフの日は何も考えず好きなものを食べたい』という気持ちも強いかなと感じます。私たちが現役時代にはなかった誘惑が増えているし、うまく気持ちをコントロールしないと、体重も変動しやすいかもしれません。
トランポリンの場合、球技などと比べると消費カロリーはそれほど多くありません。また、良くも悪くも、審美の観点での加点・減点もない。そういった競技性も、体重のコントロールを難しくさせる要因になると思います」
――トランポリン競技で、体重が増えることでのデメリットとは何ですか?
「体にかかる負担が増えることです。トランポリンは着地の際、体重の10倍の衝撃が体に加わると言われています。体重が増えた結果、腰痛やひざを痛める要因にもなるんです。
一方で、痩せているのに『まだまだ痩せたい』という選手もいます。体重を気にしない選手と、気にしすぎて痩せすぎてしまう選手が、極端に分かれる印象です」
――選手たちがうまく体重や食事をコントロールするためには、どうすればよいと思いますか?
「まずは、自分に向き合い、どれだけ強くなりたいのか、何を目標に競技に取り組んでいるのかを確認することが大事です。
スポーツにおけるベスト体重って、軽い、重い、細い、細くない、が判断基準にはなりません。力を発揮できる体重・体形が、自分にとってのベストになりますし、目標にする競技レベルや記録と今の体の状態のバランスによっても変わるからです」
――そうはいっても、ついつい考えずに食べすぎたり、体重や見た目のほうが気になってしまうかも……。
「私も選手でしたから、わかります。やっぱり、選手側の気持ちとしては特にケガもなく、ある程度、練習もちゃんとできていれば、健康・不健康は関係なく、『これでいいや』となってしまうんです。
そこで、大事になってくるのが指導者やトレーナーとの対話です。『体重と筋肉をもう少し増やしたら、もう少し力を出せるかもしれないよ』とか『少し減らすと、もっとうまく体をコントロールできるかもしれない』など、選手がベスト体重を見つけられるよう、気づきやヒントを示すのが、指導者やメディカルスタッフの役目だと思います。
とはいえ、指導者がみていないと食欲をコントロールが出来ない選手もいれば、それがプレッシャーになる選手もいます。大変ではありますが、やっぱり、選手一人ひとりと向き合い、性格をみながら、どう声掛けすればよいのか、導いていけばよいのかを、個々に対応してあげることが大事ではないでしょうか」
大切なことは「誰でもいいから、言いやすい人に悩みを打ち明ける」

――でも、体の悩みは、指導者にこそ言いにくい、という選手は少なくありません。
「はい。実際、『一人ひとりに向き合っても、何に悩んでいるのかなかなか出てこない』と、悩まれている指導者の方は多いと思います。
私から選手に伝えたいのは、親でも友達でも誰でもいいから、言いやすい人に悩みを打ち明けるって大事だよ、ということ。それこそ、『隠れて食べなくてもいい』と思える関係性の人がいるかいないかでも、気持ちがまったく変わると思いますから」
――岸さん自身も経験がありますか?
「実は私自身、コーチやチームメートにも、食事の問題を含め、悩みを打ち明けられないことがありました。どれだけ仲がよい選手でも、やっぱり最後はライバルです。悩みを打ち明ける=弱みを見せるような気持ちになり、どうしてもできなかった。
でも、母親やメンタルコーチには、すべてを打ち明けられました。そのことが本当に助けになりましたね」
――悩みを口に出すことで何か変わるのでしょう?
「相談したからと言って、答えはすぐには見つかりません。でも、相手が『うんうん』と話を聞き、同意してくれるだけで、不安が少し消え、自信が生まれます。
それと、母やメンタルコーチからは『あなたはどう思うの?』とよく言われました。
思い返すと、二人とも意見を言ったり、押し付けたりするのではなく、いつも私にいろんな選択肢を与えてくれ、『最終的には自分で答えを出しなさい』というスタンスで接してくれました。
私が五輪レース中で痩せてしまったときのように、一人で悩んでいると、どうしても視野が狭くなります。だけど、口に出し、人に伝えたことで、逆に自分を振り返ることができる。そして自分で考え、選択したことで、迷いが吹っ切れ、いつも前に進めたと感じます」
――ありがとうございました。
【プロフィール】岸 彩乃 / Ayano Kishi
1992年10月29日生まれ、石川県小松市出身。5歳からトランポリンを始める。小松大谷高校入学後に頭角を現し、全国高校選手権を連覇。高校3年時の2010年、全日本選手権で個人2位、ワールドカップロシア大会ではシンクロ競技で2位に。金沢学院大学2年時の2012年、ロンドン五輪に出場した。その後、2014年仁川アジア大会では女子個人で銅メダルを獲得。2017年世界選手権では女子個人で銀メダルを獲得し、同種目で日本勢史上初となる表彰台を決めた。2019年世界選手権大会ではシンクロナイズド優勝を果たすなど、国内外で活躍。2021年4月、競技引退。現在、地元・小松市で岸彩乃杯シンクロナイズドトランポリン大会を開催するなど、後進の育成や指導に努める。現トランポリン選手であり東京五輪男子日本代表の岸大貴(ポピンズ)は実弟。
(W-ANS ACADEMY編集部)
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