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「結婚したから幸せ、ではなく…」 女性アスリートの人生を豊かに…“多拠点婚”の先に描く未来――カーリング・吉田知那美

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「結婚したから幸せ、ではなく…」 女性アスリートの人生を豊かに…“多拠点婚”の先に描く未来――カーリング・吉田知那美

著者:二宮 寿朗

2026.03.08

THE ANSWERのインタビューで「多拠点婚」について語った吉田知那美【写真:増田美咲】
THE ANSWERのインタビューで「多拠点婚」について語った吉田知那美【写真:増田美咲】

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」6日目 吉田知那美インタビュー後編・多拠点婚

「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートがインタビューに登場します。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントとなる内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。

 6日目はカーリング女子日本代表として、五輪2大会連続のメダリストとなった吉田知那美(ロコ・ソラーレ)の後編です。2022年北京五輪で銀メダルを獲得した5か月後、31歳の誕生日に結婚を発表。SNSの文面に書かれた「多拠点婚」という選択について、3年半の月日が流れた今、あらためて話を聞きました。(取材・文=二宮 寿朗)

 ◇ ◇ ◇

 多拠点婚は、苦渋などではなく能動的な選択であった。

 ロコ・ソラーレの吉田知那美さんは2022年7月、全日本スキー連盟アルペンチームの男子チーフコーチを務めるアルペンスキー元日本代表の河野恭介さんと結婚。お互いに拠点を海外に置くため、それぞれのベースを崩すことなく、そしてお互いを尊重しつつ、有意義な結婚生活を送っている。

「私の拠点がカナダになり、基本的には1年のうち9月から3月まで過ごします。夫もその期間、オーストリアに拠点を置いていて、それ以外は長野・野沢温泉か、北海道・北見のどちらかが拠点になりますね。

 人生丸ごと考えると、仕事が大事、家庭が大事っていろいろあるとは思うんですけど、そのすべてが大事であって、必ずしも私の人生で大事なことに1番、2番と不動の順位をつける必要はなく、そのときどきで優先順位が変わってくる。夫も私も、34歳時点の優先順位は競技が一番上にあります。私は競技者としてカーリングに励んでいくこと、夫は指導者として世界で戦えるアルペンレーサーを育てていくこと。これらは高齢になってからではできないじゃないですか。今しかできないことを先にやっておこうと、話をしてこの生活スタイルを決めました。一緒に人生を歩んでいくうえで、「夫婦」というチームとしての方針を出し合ったんです。ベストアンサーを出すには本音が大事になるので、お互い素直でいるようにはしています」

 多拠点婚をスタートさせて3年半が過ぎた。年末年始はカナダとオーストリアを行き来して、夫婦で一緒に過ごす時間をつくったという。国内拠点は河野さんが野沢温泉で、吉田さんは北見。こちらも時間を見つけては往来して「夫婦タイム」を設けるようにしている。

 住む場所は遠くとも、心は近い。一緒に生活できない時間が長いからこそ、意識していることがあると吉田さんは語る。

「やっぱりビデオ通話が多くなります。普段一緒にいる夫婦であれば、お互いの気持ちは言葉にしなくてもわかる、なんてよく言われてますよね。でも私たちは傍にいないからつかめないこともある。ビデオ通話では人間の五感のうち聴覚と視覚しか使えない。だから(ビデオ通話でも)大好きだよ、愛してるよ、と全部、言葉にしています。そして一緒にいる時は、手を繋いで歩くようにしています。夫婦チーム目標に、おじいちゃん、おばあちゃんになっても健脚健康で、手をつないでお散歩するというのがありまして(笑)。そんな夫婦になっていくためにも、ずっと手をつなぎ続けていたいですね。

 元々私たちは、出会った時はお互いにアスリートで友達の期間も長かった。アスリートは寝ることも、食べることも、休むこともすべて競技のため。ダラダラしているように見えても、試合のために休息していなきゃいけない時だってあります。アスリート同士なので、そこは完全に理解できます。また、同じ競技の人だと話せないことも、違う競技の人だから話せたり、弱さを出せたりしたこともありました。人生のパートナーになってからも、たくさん話をしています。私は私という人間で、夫は夫という人間。(考え方が)違うからお互い好きになりました。違うっていうことを怖がらなくていい。私たちの限られた人生を一緒に過ごしていくなかで、違った2人が話し合って優先順位を決めながら、一緒に幸せになっていくために選択していく。チームとして最適解を出していこうね、というのは結婚前から話をしていました」

若い時から「結婚したら強くなれる」の考えには疑問だった

「結婚したら強くなれる」の考えには疑問と語る吉田【写真:増田美咲】
「結婚したら強くなれる」の考えには疑問と語る吉田【写真:増田美咲】

 愛を伝え、手をつないで心を結び、本音で話し合って絆をより深くしていく。そして河野さんという理解者の存在によって、価値観まで広がっていく。

「私がずっといる氷の世界だけじゃなくて、山の世界に連れていってもらえたことで、初めて行った国があったり、初めて触れる文化、考え方があったり、いろんな人との出会いがあったり、本当に100倍じゃ足りないくらい広い世界を見させてもらっています。スポーツにおける知見を深くして、視点の違いを持つことができているのは夫のおかげです」

 人生の豊かさを感じる瞬間でもある。チームとしての「最大公約数」を探しているのではなく、違う者同士の化学変化による「最小公倍数」を吉田さんは手にしている。それは山の世界から氷の世界を訪れる河野さんとて同じだろう。価値観の広がりは、優先順位を上に置くお互いの競技においても活かされているに違いない。

 しかしながら吉田さんは、女性アスリートにとって結婚は絶対にプラスになる、という考え方の持ち主ではない。結婚というものが別に魔法でも何でもないからだ。

「若い時、結婚したら選手として強くなれるとか、幸せになれるとか、そういう考えって凄く疑問だったんですね。じゃあ結婚していない私たちは弱いのかって、思ってしまった。今、結婚して思うのは、結婚したから強くなった、幸せになったんじゃなくて、好きな人とチームになって一緒に話をしながら、私たちらしい競技生活と夫婦生活を作り上げていることが楽しく、競技に良いエネルギーが循環しているから幸せなんだと思っています。だから私自身、結婚するといいよ、結婚がプラスになるよとはあまり言いたくないというか、正確に言うと正しくはないんじゃないかって。他の国では事実婚であったり、パートナーシップであったり、世界に出ていろんなあり方を見てきましたから」

 お互いを尊重し、好きな人と自分たちのカタチを見つけ、未来を築いていく。結婚はどうあるべきかという固定観念にとらわれないから、吉田さんと河野さんは「多拠点婚」を選択できたのであろう。

 女性アスリートは結婚、出産、育児というライフイベントに、どのように向き合っていけばいいのか――。吉田さんのスタンスに立てば、自分たちの最適解を見つけ、パートナーと優先順位を決めていくことが大切だと感じられる。ただいずれにせよ周囲の理解、環境整備、バックアップ体制などがなければ始まらない。

女性アスリートの選択肢を増やす、プロリーグの姿勢に感銘

プロリーグの姿勢に感銘を受けたという吉田【写真:増田美咲】
プロリーグの姿勢に感銘を受けたという吉田【写真:増田美咲】

 吉田さんは今年4月に開幕するカーリング初のプロリーグ「ロックリーグ」に参加することが決定している。欧州、カナダ、アメリカ、アジアから6チームが参加し、男女混合のチーム構成となる。アジアチームのキャプテンを務める吉田さんがプロリーグに参加する大きな理由は、人生を豊かにしていくためにアスリートの選択肢を増やしていける世界が待っているからである。

「男子と女子が一緒のチームになって競うリーグであり、性別も国籍も年齢も関係ありません。私のチームもいろんな国籍の選手がいて、いろんな考え方に触れて自分の価値観を広げていくことがテーマでもあります。そして何より、ライフイベントがあったとしてもトップカーリング選手であることを諦めなくていい場を、リーグが提供していくというところに感銘を受けました。カーリング選手としての活動の選択肢を増やしていければ、結婚したら家庭に入らなきゃいけないとか、妊娠は競技に関わらない時にしなきゃいけないとか、そういった固定観念が次世代では皆無になる程薄まっていくとも思うんです」

 吉田さんは忙しい合間を縫って大学生として心理学を学んでいる。ライフイベントが女性アスリートの人生の妨げとならないために、人生の選択肢を増やせていける世界をさらに拡大していくために。

 苦渋ではなく、能動を。みんながそういった選択ができるような世界が来ることを、吉田さんは信じている。

【カーリング・吉田知那美さんの「心とカラダが満たされていると感じる瞬間」】

「カーリングをしている時ですね。そもそも健康じゃなければ氷上に上がってカーリングをできないし、心の状態が落ち着いていなければ、カーリングを見る気持ちすら湧きませんから。どちらも満たされて初めて、競技をしっかりやれるという感覚が私にはあります」

※「THE ANSWER」では今回の企画に協力いただいた皆さんに「心とカラダが満たされていると感じる瞬間」を聞き、発信しています。

■吉田 知那美 / Chinami Yoshida

 1991年7月26日生まれ。北海道北見市(旧常呂町)出身。ロコ・ソラーレ所属。カーリングが盛んな常呂町で7歳から競技を始める。中学生だった2006年の日本選手権ではトリノ五輪代表のチーム青森を破る金星を挙げた。高校卒業後はカナダへ留学し、帰国後に北海道銀行フォルティウスに加入。14年ソチ五輪に出場し5位入賞を果たすが、戦力外通告を受けた。地元に戻った同年6月、ロコ・ソラーレに加入。16年日本選手権での初優勝、世界選手権で日本勢初となる準優勝の快挙を皮切りにチームの躍進を支えると、18年平昌五輪で銅メダル、22年北京五輪で銀メダルを獲得した。私生活では22年7月26日に、アルペンスキー元日本代表で現在は、全日本スキー連盟アルペンチームの男子チーフコーチを務める河野恭介さんとの結婚を発表した。

(二宮 寿朗 / Toshio Ninomiya)

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