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「私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じ」 陸上・新谷仁美選手が隠さず語る、女性アスリートの生理問題

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「私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じ」 陸上・新谷仁美選手が隠さず語る、女性アスリートの生理問題

著者:長島 恭子

2023.04.30

月経

女性アスリートの生理問題について発信している陸上の新谷仁美選手にインタビューを行った【写真:荒川祐史】
女性アスリートの生理問題について発信している陸上の新谷仁美選手にインタビューを行った【写真:荒川祐史】

かつて身長165センチ体重40キロで体脂肪率3%となり、無月経になった過去も

 スポーツをする女性にとって、生理は切っても切り離せない問題。今回は、女性アスリートの生理問題について発信している陸上の新谷仁美選手(積水化学)にインタビュー。かつては過剰に追い込み、身長165センチ、体重40キロで体脂肪率3%となり、無月経になった過去も。第一線で活躍するアスリートとして、生理についての考えを聞きました。(聞き手=長島 恭子)

 ◇ ◇ ◇

――新谷さんは3年ほど前から、女性アスリートの生理問題についてSNSで発信しています。その行動に至った理由を教えてください。

「そもそもは『生理に関して発信したい』という想いがあって、SNSを始めました。というのも、高校時代から生理に悩む同期や後輩の姿を見てきたし、昔から陸上の世界では、選手に生理があることを否定する風潮があり、そこに対して、常に疑問を抱いていたからです。私自身も25歳で無月経を経験しましたし、SNSを通して、生理の大切さを伝えたいと考えました」

――新谷さんは自身の体験も隠さず、発信しています。当時、そこまで踏み込んで生理を語れる現役のアスリートはいませんでした。反響も大きかったのでは?

「そうですね。最初の頃、一番驚いたのは、生理のことをつぶやくたびに『勇気を出してくれてありがとう』という言葉を頂いたことです。私自身は生理の体験を発信することに、全く壁を感じていなかった。だから『そんなにハードルが高い話なの!?』と不思議に思いました。女性であれば、生理について考えて当たり前。生理に触れることをタブー視するほうがおかしいのになぁと感じました」

――多くの学生アスリートから、SOSの声が届いたのでは?

「そうですね。ときどき、『指導者から生理があることを責められる』『体重を落とすためにウサギのえさのようなサラダしか食べさせてもらえない』といった内容が届きました。当時は、女性アスリートに生理があることを否定する考えは和らいできたと言われていたんですね。でも、反応・反響を見て、実は表面的にしか改善されていないんだ、と気づきました」

――今、生理を否定すると言いましたが、正常な生理がある選手は「しっかり追い込めていない」「太る」といった強い思い込みが、長年、指導者や選手のなかにありました。特に、陸上中長距離や審美系競技の世界には根強かったです。

「『生理=太る』と紐づけていることがおかしいですよね。確かに生理中、体がむくみ、体重が増える人はいます。でも、それは女性ホルモンの働きによって、一時的に水分をため込むためであって『太った』のではない。ところが『太ってしまった』と思い込み、なかには走れなくなる、生理不順になる子もいます。生理はちょっとしたきっかけで、不順になります。女性アスリートの生理の本当の問題点は、体重ではなく、メンタルです。精神状態が安定していれば、むくみは解消できなくても、走れるし、生理も順調にきますから」

――新谷さん自身は、生理が体重や競技に影響したことはありますか?

「20代は、生理の3日目までむくみやすかったり、腰がだるかったりする程度だったので、まったく影響を感じなかったですね。ただ、30代になり、急に激しい生理痛に悩みました。一度、気を失うぐらいの痛みに襲われたこともあります。救急車を呼ぼうかとも考えましたが、病院へ行くのに何を用意すればいいかわからなったのと、汗をひどくかいたせいで真っ裸でいたので(笑)、救急車は呼ばず、痛みが治まるまで我慢しました。でも、同じような痛みが2度、続いたので、ドクターに相談。それ以来、生理前から痛み止めを飲んでいます。今は、だるさやちょっとした痛みを感じる程度。しんどいはしんどいけれど、走りにはそれほど影響しません」

初潮は中学2年のとき「母に『私も生理が欲しいっ!!』とねだっていました」

新谷さんが一番に心に残っている、生理について母からもらったメッセージとは【写真:荒川祐史】
新谷さんが一番に心に残っている、生理について母からもらったメッセージとは【写真:荒川祐史】

――少しさかのぼり、初潮について伺います。新谷さんは中学2年のときに初潮を迎えたそうですが、そのとき、どんな気持ちでしたか?

「友達は早い子だと小6で初潮が来ていたので、よく母に『私も生理が欲しいっ!!』とねだっていました。自分よりも初潮が早かった子って、背が高く、体形も大人だったので『生理が来たら、私も女のコっぽくなれるんだ!』と、なんとなく感じていたんですね。母にはいつも『もうちょっとしたら来るよ。そうしたらお赤飯炊こうね』と言われていたので、生理が来るって誕生日的なことかな、すごいことなんだなって思いました。だから、初めて生理が来たときは母に『キターーッ!』って感じでパンツを見せました(笑)。これで私もみんなと同じだって、うれしかったです」

――あけっぴろげですね(笑)

「そうですね。私には兄がいますが、うちでは父や兄の前でも生理のことはふつうに話していました。私は中学時代、陸上のほか、水泳、バトントワリングをやっていたので、体にぴったりしたウェアを着ていたんですね。例えば、『生理だから衣装を着るとお腹が出ちゃうんだよね~』とか」

――生理のことについて、お母さまと話したり、教わったりしたことで覚えていることはありますか?

「一番、心に残っているのは『学問は0点でもいいのよ。人間としての常識とマナー、生きるうえでの強さは、お母さんが生きている間に、仁美もしっかり準備してね』と言われたときのことです。『強さって何?』と聞くと、母は『たくさんあるけれど、生理もその一つよ』と答えました。ちょうど高校生になり、本格的に陸上に取り組み始めた頃。練習量が一気に上がり、体にかかる負担も増えていました。生理不順になりやすい環境だったので、『生理をなくしちゃいけないんだよ、なくてラッキーと思わないでね』という母のメッセージだったのかな、と思います」

――素晴らしい言葉ですね。

「実は生理を軽んじる発言は、指導者だけでなく、選手の親からもあります。子どもにとっては、親の言葉が正解。世の中のほうが間違っていると思ってしまいます。また、親に余計な心配をかけたくないと、生理が止まっても相談しない子もいると思います。一番難しいのは、家族間の問題は他人が手を出すことができない点です。今、指導者も練習日誌に生理日を書かせたり、『自分ではわからないから産婦人科に行け』と言うようになったりと、大きく変化しています。でも、選手に最も近い親の考え方が変わらない限り、女性アスリートの生理問題は根本からは解決できないのでは、と思います」

――今、指導者の話になりましたが、新谷さんは中学、高校とも男性指導者でしたか?

「はい。恩師は2人とも男性です。個人ミーティングでは、体の状態から学校生活まで、ちょっとでも不安に思うことは、素直に話すことができました。生理中だと報告すると、『きちんと生理を保てるように、メンタルからケアしろよ。先生も練習内容をしっかり考えていくからな』と言ってくれました」

――中学生から男性の先生に生理のことを話せるって、なかなかできないと思います。

「でも、やっぱり先生とコミュニケーションが取れる、助けてもらえると、心強いですよ。以前、高校の恩師から『新谷がチームのトップ選手でよかった』と言われたことがありました。高校のチームは私がトップ選手だったので、チーム作りも私に合わせて行っていました。『もしも生理に否定的な考えを持つ選手がトップだったら、自分もその選手に合わせて、生理を否定する人間になっていたかもしれない。新谷がトップでオレは運がよかった』って。その言葉を聞いて、すごくうれしかったです」

「私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じです」

新谷さんには2012年ロンドン五輪で無月経を経験した過去があった【写真:Getty Images】
新谷さんには2012年ロンドン五輪で無月経を経験した過去があった【写真:Getty Images】

――そんな新谷さんも、2012年にロンドン五輪に出場した翌年、無月経を経験されています。何があったのでしょうか?

「きっかけは、ロンドン五輪後、右足の足底腱膜炎になったことです。2013年8月の世界陸上を控えていた私は『体が軽くなれば足への衝撃も軽くなり、痛みが減るかもしれない!』と、医者にもいかず、周囲にも何も相談せず、浅はかな考えから減量をしてしまった。ケガを隠すと合わせてメンタルも崩壊するんですね。心の闇がどんどん広がり、無月経につながってしまった」

――当時の新谷さんは身長165センチ、体重40キロ。体脂肪率はなんと3%とあります。病院からも過度な減量による無月経と診断されたそうですね。

「でも、真の原因はケガによるメンタル面にあります。私のなかでは、無月経=ケガです。アスリートはケガをすると競技がストップしてしまう。だから、常に危機感を持っていました。無月経になり、500円玉ハゲになるんじゃないかってぐらい悩んだし、『目が覚めたら生理が来ていた!』という夢まで見ました。私にとって生理がなくなるのは、命がなくなったのと同じです。すごく怖かった」

――生理が正常に戻ったのは?

「目標にしていた世界陸上で思うような結果を残せず、一度、引退を決めた後です。すぐに正常に戻りました。この時、結果を出すことと生理があることは、ともにこだわらなければいけないと気付きました。そのためには、日ごろから心のケアをしっかりすること、周りに助けを求められる、助けてもらえる環境にいるかどうかが一番大事です。ですから復帰後は、チーム、家族、すべての人に、自分の状態を包み隠さず共有しています」

――一方、中高、大学生選手の男性の指導者のなかには「生理について選手に聞くことでセクハラだと感じさせる心配がある」という声もなくなりません。
 
「でも、選手が何か困っている様子が見られたら、『大丈夫か?』と声をかけることはできますよね。選手が抱えている痛みが、ただの腹痛なのか、生理によるものかは、見た目では判断できないですし。まずは『大丈夫?』と聞きてみる。そこで、『大丈夫です』と返ってくればそれでよし。『手を貸してください』と言われたら次の行動に移せばいい。そうやって選手と指導者がコミュニケーションをとれる環境になっていけば、生理不順はなくなるのではないかな、と思います」

――選手側も、指導者の性別に関わらず「調子が悪いと言いにくい」という気持ちを抱いている方は少なくありません。

「私もコーチが怖い、と思うときがあります。でも、アスリートとして自分の意見、考えを伝えることは必要であり、そこに対しての怖さはありません。選手が発言できる環境作りも必要ですが、選手自身も、大切な自分の体の状態を、指導者に対してきちんと伝えられるようになり、しっかりコミュニケーションをとりながら行動できるようであってほしいです」

――今後も、女性アスリートと生理についても情報を発信していきたいと考えていますか?

「もちろんです。私は母や中学・高校の恩師から、スポーツをしている・いない関係なく、生理があることは生きるうえで必要であり、自然であることを周囲から教えてもらいました。ですから、生理を否定することは女性であることを否定することだと考えます。私自身、生理があることをマイナスに感じたことはないし、むしろプラスに働いたこともあります。ですから今後も、スポーツをやりたい子たちが、安心してスポーツができる、集中できる環境を作るために、生理をマイナスと捉える、風潮を変えていきたいですね」

【プロフィール】新谷 仁美 / Hitomi Niiya

 1988年2月26日生まれ。岡山県出身。総社東中から興譲館高(ともに岡山)に進学。全国高校女子駅伝には1年から出場。3年連続で1区区間賞を獲り、3年時は全国優勝を果たす。卒業後は実業団で陸上を続け、女子1万メートルで2012年ロンドン五輪9位、2013年世界陸上5位入賞。同年12月に一度引退を発表したが、2018年に復帰した。2019年1月から積水化学に移籍。12月、日本選手権1万メートルで18年ぶりに日本新記録(30分20秒44)を樹立し、2021年東京五輪出場を果たす。1万メートル、ハーフマラソン(1時間6分38秒)日本記録保持者(2023年4月現在)。

(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

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