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「負けが怖い時もある」 無月経を経て「+4kg」決断…150連勝中の金メダリストが探す本当の強さ――レスリング・藤波朱理

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「負けが怖い時もある」 無月経を経て「+4kg」決断…150連勝中の金メダリストが探す本当の強さ――レスリング・藤波朱理

著者:THE ANSWER編集部

2026.03.12

キャリア

階級変更について語ってくれた藤波朱理【写真:松橋晶子】
階級変更について語ってくれた藤波朱理【写真:松橋晶子】

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」10日目 藤波朱理インタビュー後編・階級変更

「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートがインタビューに登場します。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントとなる内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。

 連載最終回となる10日目は、パリ五輪レスリング女子53キロ級で金メダルを獲得した藤波朱理(日本体育大)の後編です。無月経の症状を抱え、減量にも限界を感じていたなかで、2025年4月に57キロ級への階級変更を表明しました。この決断に至るまでの経緯や「+4キロ」となった日々で生まれた変化、2階級制覇を目指す28年ロサンゼルス五輪への想いなどを聞きました。(取材=長島 恭子、構成=THE ANSWER編集部)

 ◇ ◇ ◇

 五輪という舞台はアスリートにとって、その他の世界大会と何が違うのか――。そんな率直な疑問をぶつけると、藤波朱理は少し視線を上げながらこう答えた。

「4年に1回のタイミングに自分のピークを持っていくことの大変さ。本当に実力、努力だけでは補えないものがあるんじゃないかなって……」

 20歳で出場した2024年夏のパリ五輪。藤波は開幕4か月前の3月に、左肘の脱臼と靭帯断裂という重傷を負っただけでなく、高校2年生からの4年間にわたって無月経の症状にも悩まされていた。そんな苦難を乗り越えての金メダル獲得だっただけに、冒頭の言葉にも重みが増す。

「だからこそ魅力があるなと思いますし、競技の祭典ということで注目度も違う。世界選手権も同じ世界一を争う大会ですけど、オリンピックは全然格が違うイメージですね」

 多くのアスリートにとっての夢の舞台を、藤波は今、再び目指している。2028年ロサンゼルス五輪の開幕まで残り2年半を切るなかで、パリ五輪前とは見ている景色も、取り巻く環境もすべてが変わった。

 25年4月、藤波はSNSで53キロ級から57キロ級への階級変更を正式に表明。「またゼロからのスタートだなという感覚でした」と心機一転の船出となったが、じつはその決断を下したのはもっと前に遡る。

「(パリ)オリンピックの1年くらい前から、53キロ級は今回が最後と決めていました。生理が止まっていたというのも、大きかったです。体がサインを出しているんだなって」

 藤波はパリ五輪前の4年間、月経が止まっていたため、JISS(国立スポーツ科学センター)スポーツクリニック婦人科で検査を実施。特に異常は認められなかったため、ストレスの影響が考えられた。

 レスリングのような階級制競技では減量は避けては通れない。しかし藤波自身、通常時60~61キロの体重から、試合に向けて2か月間で7、8キロを減量することに、パリ五輪前から限界を感じていたのも事実だ。

 食べること自体が「大好きです!」と笑顔を見せる22歳は、大学進学後に「体重が増えやすくなった」と感じており、「かなり大食いではあるので、めちゃくちゃ食べようと思えば食べられるタイプ。気を抜けば体重もポーンと増えちゃう」と日頃から体重管理に気を配ってきた。身長164センチの体格を考えた上でも「生理が来ていないこともあったし、自分はもう階級を上げないとな」と感じ、コーチである父・俊一さんをはじめ周囲に相談。パリ五輪での金メダルを経て、新たな階級での挑戦をスタートさせた。

階級変更の難しさを実感し、見つめ直した初心

57キロ級で挑んだU23世界選手権【提供:United World Wrestling/IMAGO/アフロ】
57キロ級で挑んだU23世界選手権【提供:United World Wrestling/IMAGO/アフロ】

「+4キロ」の差は、果たしてどれほどあるのか。試合に向けた減量が楽になったのと引き換えに、やはり難しさは感じている。

「コンタクトスポーツの4キロ差はかなり大きくて、本当にモロにフィジカルの差を感じます。スピードや技術面はあまり変わらない。やっぱりフィジカルの部分ですね」

 組んだ時に感じる相手の力の強さや重さ。そこはやはり53キロ級の時とは違うという。そのなかで藤波の武器と言えば、タックルに入る時のスピードやタイミングの上手さだが、「(体重が)重くなるのでスピードが落ちるんじゃないかと心配されるかもしれないですけど、やっぱり自分の武器ですし、体重が増えてもスピードは落とさずに、というのを意識した体づくりをしています」と語る。

 実際にウエートトレーニングの量を増やしながら、練習で階級の重い選手や男子選手と組む機会も増やして、57キロ級の戦いに適応する体づくりを進めてきた。

 その成果は、57キロ級で初の公式戦となった昨年10月のU23世界選手権(セルビア)、同12月の全日本選手権での優勝という形で表れる。中学時代から続く連勝記録も、ついに節目の「150」に到達した。

 新たな階級で、公式戦のマットに立ったからこそ見えてきたものがある。

「53キロ級のオリンピックチャンピオンというのはもうないので、またゼロからのスタートという感覚でした。自分がなぜレスリングをしているのかと言えば、やっぱり楽しいから、好きだから、強くなりたいから。これが私の初心であって、この気持ちは絶対に忘れたらいけないなと」

 1人のアスリートとして、自らの原点を見つめ直すきっかけにもなった57キロ級への転向。「だから……」と、藤波は言葉を選びながら続ける。

「周りの方に連勝記録について言ってもらえることが多いんですけど、決してそのために(レスリングを)やっているわけじゃなくて。本当に自分は楽しいから、ただ強くなりたいからやっていて、結果として、たまたま記録がついてきている感覚なんです。でも、意識していないと言っても意識してしまう時はありますし、負けというものが怖い時もある。ですが、そういう時こそ初心に帰り、『自分は何のためにレスリングをしているのか』という気持ちを大切にしています」

 純粋に競技を楽しむ気持ちを強調する言葉の裏には、それだけ周囲からの期待が重くのしかかっているという本音も見え隠れする。22歳にして、圧倒的な成績を収めているからこそ味わう「負けられない」というプレッシャー。階級を「+4キロ」上げたとしても世間が藤波を見る目は変わらず、その重圧たるや常人には計り知れないものだろう。

 そんな現実に今、どう向き合っているのか。

「弱い自分というのは、自分の中に必ずいます。かつての自分は1人で戦っているような感覚でしたが、今はそうではなくて。私の周りには本当に愛のある人たちが多いので、そういう人たちを頼って、力を借りて、一緒に戦っていければ、よりレスリングを楽しむことができるのかなと思っています」

高校時代に相談できなかったからこそ「将来指導者になって…」

将来は指導者を目指す【写真:松橋晶子】
将来は指導者を目指す【写真:松橋晶子】

 藤波はこの3月に日本体育大学を卒業。4月からは社会人選手(レスター所属)として、パリ五輪前とは異なる環境下で再び、4年に一度の大舞台に向けてスタート。まずは国内の熾烈な争いを勝ち抜き出場権獲得を目指す。

 激動の数年間を乗り越えた今、藤波は改めて自身の体と向き合うことの重要性を噛み締める。

「アスリートとして心と体が健康であるのは、本当に基本だと思います。やっぱり(パリ五輪までの)自分は、そこがまだまだ未熟だった。高校生の時は相談できる人もいなかったですし」

 そう言うと、胸の内にある一つの夢を明かした。

「自分は将来、指導者になりたいんですけど、女子選手の体の悩みにも寄り添っていけるような先生になりたいんです。レスリングの指導者はほとんどが男性で、女性がなかなかいなくて。それも私が将来、レスリングの先生になりたい一つの理由かなと思います」

 2028年のロサンゼルス五輪まで、残り2年半を切った。自分の体と向き合い、階級を上げる大きな決断を下した藤波は、心身両面を充実させながら、リスクを恐れずに攻め続けるスタイルで五輪2階級制覇の偉業へ挑んでいく。

【レスリング・藤波朱理さんの「心とカラダが満たされていると感じる瞬間」】

「勝った瞬間より、勝った後にみんなとご飯を食べている時が、『こんなに幸せなことはないな』と、いつも心から思う瞬間です。その時間を過ごすために、日々のトレーニングを頑張っていると言ってもいいくらい。試合後によく食べに行くのは焼肉ですが、大好きなすき焼きもみんなと食べますし、もうなんでも好き。大好きな人たちと、大好きなご飯を食べる時間が、私にとって心とカラダの両方が満たされる瞬間です」

※「THE ANSWER」では今回の企画に協力いただいた皆さんに「心とカラダが満たされていると感じる瞬間」を聞き、発信しています。

■藤波 朱理 / Akari Fujinami

 2003年11月11日生まれ、三重県四日市市出身。ソウル五輪代表候補だった父・俊一と、兄・勇飛の影響を受けて4歳でレスリングを始める。中学時代に頭角を現すと、父が監督を務めるいなべ総合学園高校へ進学。女子53キロ級に参戦し、高1でインターハイ優勝を果たすと、高2で全日本選手権、高3では世界選手権を制覇した。2022年に日本体育大学へ進んだ後も連勝記録を伸ばし続け、20歳で出場した24年パリ五輪で金メダルを獲得。大会後に57キロ級への階級変更を表明し、25年12月の全日本選手権では同級で優勝。連勝記録を「150」に伸ばした。26年4月からはレスター所属が決定している。

(取材・長島 恭子 / 構成・THE ANSWER編集部)

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