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試合当日にできる緊張対策 五輪アスリートも実践する「今、やるべきこと」に意識を向ける効果

「INTERVIEW / COLUMN」記事

  

試合当日にできる緊張対策 五輪アスリートも実践する「今、やるべきこと」に意識を向ける効果

著者:W-ANS ACADEMY編集部

2026.01.07

コンディショニング

【写真:写真AC】
【写真:写真AC】

特集「アスリートの緊張対策」・メンタルヘルス専門家インタビュー第2回

 どんなときも平常心で臨みたいのに、大事な試合や場面になると緊張からうまく動けなくなったり、ミスをしてしまったりする……。そんな悩みを抱える人は多いと思います。そこで、メンタルヘルスの研究者であり、スポーツ界のメンタルヘルスに詳しい小塩靖崇さんに、試合時の緊張の仕組みから対処方法までを3回にわたり教えていただきます。第2回は、試合当日にできる過度な緊張のほぐし方・対処法についてです。

 ◇ ◇ ◇

 第1回でお話ししたとおり、過度な不安やプレッシャーなどのストレス、それに加えて、さまざまな要因が重なると試合で力を出しにくくなることがあります。

 しかし、試合前の緊張は当然あるもので、決して悪いものではありません。だからこそ、緊張を無理に消そうとするのではなく、受け入れながらうまく対処することが大切。そうすることで、緊張に飲み込まれにくくなり、自分の力を発揮しやすくなります。

 対処方法は大会に臨むプロセスによってさまざまありますが、ここからは「短期的にできること」「長期的に取り組みたいこと」に分けて、誰もがすぐに実践できる方法を紹介しましょう。

 今回は「短期的」、つまり試合の日にできることについてです。

 いざ試合を迎えた当日、緊張に押しつぶされそうな時はどうしたらいいのでしょう。

 試合の直前や競技中は、気持ちの向け先を整えることが助けになる場合があります。その一つとして、よく使われるのが「今に集中する」という方法です。「今に集中する」とはどういうことかを説明する前に、以前、W-ANS ACADEMYの取材に答えてくれた、2人の女性アスリートのコメントを見てみましょう。

●杉原愛子選手(体操/2016年リオ大会、21年東京大会五輪日本代表、25年世界選手権優勝)

「試合の時は『いつもの練習と一緒』と自分に言い聞かせて、心を落ち着かせています。緊張を取り除くには、自信をつけることが一番です。自信をつけるには、たくさん練習を重ね、できる限りの準備をすること。すると、多少は緊張しても自信があるから、いい演技ができるんです」(W-ANS ACADEMY 2024.5月掲載)

●佐藤綾乃選手(スピードスケート/2018年平昌大会、2022年北京大会五輪日本代表)

「緊張しないとはいえ、レース前になると不安や怖さを感じることはあります。そんな時に大事にしているのは『自分を信じる』こと。『自分がやってきた練習は間違いない』という気持ちで挑むからこそ、不安や怖さがあってもレースに集中できるし、力を出せるのかなと思います」(W-ANS ACADEMY 2025.6月掲載)

試合とは練習を重ねてきたことの「試し合い」の場

 2人のコメントを見ると、表現はそれぞれに異なりますが、共通する視点がうかがえます。それは、日々の練習や準備を大切にしながら、「自分がやってきたこと」に意識を向けている点です。こうした考え方は、トップアスリートのコメントでも、とても多く聞かれるものの一つです。

 杉原さんは、「試合の時は『いつもの練習と一緒』と自分に言い聞かせる」と話しています。これは、試合という特別な場面でも、これまで積み重ねてきた練習内容に意識を戻し、「今、自分ができること」「今、取り組むべきこと」に目を向けようとしている姿勢と捉えることができます。

 例えば体操の跳馬という競技であれば、試技で「やるべきこと」――助走のリズム、踏み切りの位置、手を着くタイミング、着地のイメージなど、一連の動作を頭の中で思い浮かべる、という方法が考えられます。このような「やるべきこと」の確認や動きのイメージは、細かく行うほど安心感につながる人もいます。

 このように意識の向け方を変えることで、過去の結果や先の不安に気持ちが引っ張られすぎるのを防ぎ、目の前の動きに集中する助けになる場合があります。つまり、頭の中が整理されていくことで、心の中にあった漠然とした不安やプレッシャーが少しずつ薄れ、緊張を感じながらも、目の前のパフォーマンスに向き合いやすい状態が整っていくのです。

 試合になると、どうしても勝敗や順位だけが気になってしまうものです。けれども、試合とは文字通り、これまで練習で積み重ねてきたことの「試し合い」の場です。結果だけでなく、勝利という目標に向かって、個人やチームが「どうすれば力を発揮できるのか」「何を工夫すればよいのか」を考え、取り組むことはとても大切です。

 また、「勝ったから正しい」「負けたからダメ」と単純に分けるのではなく、結果にかかわらず、「なぜそうなったのか」を振り返ることが、次につながる学びになります。

 勝っても負けても、その過程で得られる気づきや変化、成長があります。そうした経験の積み重ねこそが、勝敗だけでは語りきれない、スポーツの大きな価値の一つだと考えられます。

 皆さんも試合に向けて、苦手なことを克服しようとしたり、得意な部分をさらに伸ばそうとしたりしながら、さまざまな練習に取り組んできたのではないでしょうか。もし、緊張が高まってきたら、その日のために積み重ねてきた自分の取り組みを思い出し、「今、この場面で取り組むこと」に意識を向けて試合に臨んでみてください。

 次回、第3回では緊張をコントロールするために、普段からできるさまざまな方法を紹介します。

■小塩靖崇 / Yasutaka Ojio

東京大学スポーツ先端科学連携研究機構(UTSSI)特任講師。三重大学医学部看護学科卒業後、病院での臨床経験を経て、東京大学大学院教育研究科にて博士号(教育学)を取得。2017年より国立精神・神経医療研究センターにて、若者のメンタルヘルス教育および研究に従事。健康教育学を専門とし、教育現場やスポーツの場におけるメンタルヘルス教育プログラムの開発、学校教員向けの教科書執筆などに携わっている。また、アスリートと協働で進めるメンタルヘルスプロジェクト『よわいはつよいプロジェクト』に研究の観点から関わっている。近著に『10代を支えるスポーツメンタルケアのはじめ方』(大和書房)、『PDPの教科書―アスリートを支える新しいカタチ』(大修館書店)。

(W-ANS ACADEMY編集部)

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