「INTERVIEW / COLUMN」記事
「子供できたら詐欺なのでは…」 決断に迫られた妊娠or世界大会、罪悪感に苛まれ「私は選べなかった」――陸上・佐藤友佳
著者:神原 英彰(W-ANS ACADEMY編集部)
2025.04.02
コンディショニング
月経

「W-ANS ACADEMY」オンラインイベントに出演 インタビュー後編
スポーツを楽しむすべての女性を応援するメディア「W-ANS ACADEMY」が国際女性デー特別企画として3月9日に実施したオンラインイベントに、陸上女子やり投げで活躍した佐藤友佳さんが出演。「月経とコンディショニング」をテーマに現役時代の経験とともに、昨年11月に入籍し、現在は妊娠5か月であることを明かしました。終了後、「W-ANS ACADEMY」のインタビューに応じ、9月の東京世界陸上を目指して現役続行か、妊活か、今年1月の引退の裏の葛藤を明かしました。(前後編の後編、聞き手=W-ANS ACADEMY編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
――イベント内で結婚と第1子の妊娠を公表されました。改めて、おめでとうございます。「現役時代からアスリートのキャリアを考えると同時に、女性としてのキャリアも考えていた」とお話されていましたが、アスリートとして競技生活を続けることと、女性として妊娠・出産をすることはどんな風に考えていたのでしょうか。
「27~8歳くらいから子どもが欲しいと思い始めたんです。周りで子どもを持っている友人も増えてきて、調べた時に30歳~35歳に妊娠のしやすさのラインがあると知った中で、やっぱり子どもが欲しい気持ちはあったのですが、2024年のパリ五輪(32歳)に行くまでは子どもは作らずに競技に集中しようと思っていました。ただ、子どもは作らなくても今後のことを考えて、例えば生理周期や基礎体温を記録することはしっかりとやっていました。
でも、今年は9月に東京世界陸上がある。私の中で『妊娠』と『競技生活』のどっちも選べなかったんです。競技を辞めてから妊活を始めるという決断が取れなくて……。やっぱり子どもができる・できないは分からないから。なので『もし、子どもができたら引退しよう』と私の中で決めました。それを所属先の会社(ニコニコのり)に正直に話しました。『どっちも選べない』と。
去年、パリ五輪に出られなかったからこそ、出られるものならやっぱり東京世界陸上に出たいし、世界の大会で活躍してから引退したい。でも、それだと順調に妊娠できたとして産むのは33歳になる。もし(妊活が)うまくいかなかったら高齢出産になり、リスクも上がってしまうかもしれない。ほとんどの選手が引退してから結婚して子どもを持つことが順調にいく印象があるけど、全部そうとは限らないので。そういう気持ちが両方あって、両方をどうしても捨てきれなくて……。
自分だけの問題でもないので、不安がすごくありました。そんなことを会社に話したら『どっちでも好きなようにしていいよ、佐藤さんの人生だから』と応援してもらった。それに甘えて……ではないけど、『来年、世界陸上を目指します。ただ、もし子どもを授ったら引退します』と報告させてもらって。その後押しがあって、11月に入籍し、12月に本当に授かることができた。東京世界陸上に出たい気持ちはあったけど、喜びの方がうれしかったですね」

――すごく難しい選択ですね。「妊娠の判明」がすなわち「引退の決定」となる状況だったということ。
「その通りです。陸上界もオフィシャルの場で引退をされていることが多かったので、皆さんに『引退しました。今までありがとうございました』ということを会場で伝えられず、SNSでの報告になったのは心残りですね。引退試合もできなかったですが、それはいつしてもいい話。ひょっとしたら子どもを産んでから、来年か再来年か、試合に出て、自分の力試しみたいにやってもいいかなと前向きに考えています」
――佐藤さんが言うように、今までは20代で出産して復帰するママアスリートや引退後に妊活して出産した元アスリートが注目されることが多い印象でした。もちろん、周囲の理解や後押しが必要ですが、妊娠・出産と競技生活を割り切らないこともこれからの選択のひとつになるかもしれません。
「そういう考え方も許される社会になったら、みんなが楽になるかもしれないと思います。引退されてから(妊活を)頑張ったけど……という話も、なきにしもあらずだし、人それぞれの事情がある。この話は難しいけど、授かりものなので……」
苛まれた罪悪感「子どもができたら詐欺のように思われるのでは…」

――27~8歳の頃から子どもが欲しいと思い始めたのは、何かきっかけがあったのでしょうか?
「私の母はすごく若い時に私を産んでくれて、子どもを持つ、家族を持つということに憧れがすごく強かったんです。20代前半でできたら、それはそれでママさんアスリートとして復活していたかもしれない。でも、そういうタイミングもなく、20代後半から30歳を境に、そういう気持ちがちょっと強くなっていきました」
――所属先が後押ししてくれたのも大きかったわけですね。
「『世界陸上を目指したい、でも子どもも欲しい』というのは身勝手なんじゃないかとすごく思っていたんです。なんか悪いことを考えている気分になって……。例えば、『アスリートとして世界を目指しています』と言っているのに、子どもができたら詐欺のように思われるかもしれない。今までトレーニングキャンプをさせてもらって、こんだけ海外遠征に行って、支援をいただいているのにすごく失礼じゃないかという後ろめたさ、罪悪感がすごくあったんです。
なので『引退します』とも『子どもが欲しい』とも会社には切り出せずにいました。でも、悩んでいても仕方ないと思って全部打ち明けたんです。『どっちも捨てたくないんです』と。その時、私の競技を応援しているというよりは『佐藤友佳を応援しているよ』と言っていただいて、すごく心がスーッとしたというか、認めてもらった気持ちになって。それがすごく嬉しかったです。
一般の社会なら、会社で働きながら子どもが生まれて、産休や育休を取るって普通のことかもしれない。それがアスリートとなると、悪者じゃないけど、後ろめたさがある妊娠になってしまう。だからこそ、所属先の言葉には本当に救われました。それまでは悩んで悩んで、会社にそんなことを言っていいのか、きっぱり辞めてしまうべきか。辞めてしまったら、別のところに所属して陸上を続けるわけにもいかない。そういう葛藤がいろいろありました」
――実際に妊娠を報告された時の反応は?
「『おめでとうございます』と言ってくださって。女性の妊娠に対して、悪く取られたらどうしようと思っていたのですが、お祝いをしていただいて、私も心から喜べましたし、周りの方が喜んでくださるのもすごく嬉しかったです」
――今回は「国際女性デー」の文脈でお話いただきましたが、佐藤さんは一人の元アスリートとして女性として、これからのスポーツ界に願うことを聞かせてください。
「スポーツ界は男性コーチが多く、女性アスリートと男性コーチのコミュニケーションは課題のひとつかなと思います。また、女性特有の体のことで思うようにスポーツとの関わり方ができてないところもまだまだあるので、こういう学べる機会がもっとあるといい。月経、PMS、妊娠など、アスリートとしての知識がこの世の中にもっと出回ってくれたら。アスリートが婦人科にかからなくても気軽に相談できる窓口があるとうれしい。私はたまたまJISSが利用できたから行けただけで。もし、そこに辿り着けていなかったら悩みを持ったまま競技生活が終わっていたのかもしれない。そういう選手のためにも、誰でも相談できる窓口がこれからできたらいいなと思います」
■佐藤 友佳 / Yuka Sato
1992年7月21日生まれ、広島県出身。中学時代に陸上を始める。東大阪大敬愛高(大阪)で七種競技から投てき3種目に切り替え、次第にやり投げ競技に絞る。高校時代、2009年にイタリアで行われた世界ユース選手権に出場。2011年アジア選手権で銅メダルを獲得。東大阪大卒業後、小学校の職員として働きながら競技を続けていたが、2018年にニコニコのりに所属。2019年、世界選手権に出場。2020年の日本選手権で初優勝を飾る。自己ベストは62.88メートル(2019年日本選手権)。今年1月に現役引退を発表した。
(W-ANS ACADEMY編集部・神原 英彰/Hideaki Kanbara)
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