「INTERVIEW / COLUMN」記事
「フクヒロ」の先で切り拓く新たなバドミントン人生 31歳・福島由紀が今「幸せです」と語る理由【女性アスリートのキャリアデザイン】
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2025.03.07
キャリア

「国際女性デー特集」第2回・福島由紀(バドミントン)
3月8日が「国際女性デー」と国連で定められてから、今年で50周年を迎えます。2021年から女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた特集「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を実施してきた株式会社Creative2は、節目の年となることを記念して、今年は「女性の生き方を考える」をテーマに運営する3つの媒体で企画を展開します。
スポーツを楽しむすべての女性を応援するメディア「W-ANS ACADEMY」では、各競技で世界のトップに立った経験がある3人の日本人女性アスリートにインタビュー。現役キャリアを前期・中期・後期の3つに大きく分類し、そのなかで起きた自身の変化や決断について話を聞きます。第2回はバドミントン・福島由紀選手(岐阜Bluvic)の「中期」。2大会連続出場を目指したパリ五輪で涙を呑んでなお、新たなペアで再出発を決断した背景に迫りました。
◇ ◇ ◇
2024年、秋。「フクヒロ」として世界ランク1位に上り詰めた福島選手は、長い競技キャリアで新たな一歩を踏み出しました。
長年共に戦った廣田彩花選手とのペアを解消し、新たに松本麻佑選手とのペア結成を9月に発表しました。廣田選手とは2017年から世界選手権3年連続銀メダル。ダブルス世界1位にも君臨しました。しかし、金メダル有力候補だった2021年東京五輪は廣田選手の膝の怪我の影響もあり、8強止まり。雪辱を期した2024年パリ五輪は再び廣田選手の膝の故障が響き、今度は代表レースで涙を呑むことに。31歳。去就が注目される中で、新ペア結成は世間を驚かせました。
日本代表最年長。世界の頂を知る福島選手がベテランを迎え、再び現役ロードを歩き始めた理由とは――。
パリ五輪レースが終わったのは4月。しばらく休みを取り、沖縄に旅行に行き、実家の熊本に帰って友人と遊び、バドミントンと距離を取ることに。「もう、いいかな」。同年代でラケットを置いた選手も増える中、現役に別れを告げる2文字がよぎる時期もあったそう。ただ、心にどこか引っかかるものが……。
「体は(同年代の)周りより動ける自信はある。それに、引退された方から『もうちょっと、やっておけばよかった』『やっていれば、まだまだやれたんじゃないか』と、後になってそう思うと聞く。自分もここで辞めたら、たぶん後悔する。私には、まだ引退はない」
現役続行を決意したのは夏の終わり。時を同じくして松本選手とのペアの話が持ち上がりました。永原和可那選手との「ナガマツ」で2018年から世界選手権連覇、東京・パリと五輪2大会連続出場と活躍した松本選手は、フクヒロと同じ時期にペア解消を発表。ライバルだった世界ランク1位経験同士でペアの組み替えに。
福島選手は「不安を感じるよりは、どうなるのかの楽しみの方がすごく大きかった。とりあえずやってみよう、と」と当時の心境を振り返ります。
従来、日本代表は同じ所属チームでペアを組んでいたものの、松本選手とは異なる所属。練習拠点も福島選手の岐阜と松本選手の神奈川とは離れた環境。それでも、全体練習が「2、3日くらい」の状態で初出場した11月の熊本マスターズでいきなり決勝進出。「まさかの展開」(福島選手)で新ペアに手応えを感じました。
普段は松本選手が時間の許す限り、福島選手の練習拠点に足を運んで練習。決して恵まれた環境ではないものの、さすがは五輪を経験している2人。12月の全日本選手権で4強。そして、年明けに行われたワールドツアー・マレーシアオープンで優勝し、瞬く間に世界のトップ戦線に躍り出たのです。
「松本が後ろにいる時の攻撃は通用する部分は多くあったし、逆に私が後ろにいっての攻撃も良い部分があった。狙いを明確にお互いにできれば、さらにまた強くなる」
選択した現役の道で手応えを隠さない福島選手。ただ、膨らむ周囲の期待をよそに、2028年のロサンゼルス五輪は現時点で「あまり考えていない」そう。
五輪、世界1位を経験して辿り着いた「楽しむ」という境地

その理由は、至ってシンプルなもの。
「目の前のことにフォーカスして、一年一年と考えてやっていく中で『楽しもう』と、お互いによく言っている。なので、今の状況や環境を楽しむことが目標。もちろん、数多く試合をやるには勝たないといけないので、目の前の1試合を楽しんで『もう1試合勝とう、もう1試合勝とう』と繋がっていくのが一番良い」
とはいえ、アスリートも一人の人間。キャリアを競技のみで考えることは難しく、女性の場合は特に、ライフステージが密接に関わってきます。
結婚・出産もそのひとつ。福島選手の場合は「(年齢的に)多少の不安はあるけど、いずれできればいいかな、くらい」と自然体で、あくまでバドミントン選手のキャリアが最優先。そんな彼女の素直な胸の内を知ろうと、「福島選手の“今”は幸せですか?」と聞くと、少し照れながら「幸せですね」と率直に返します。
「バドミントンをやれていることは当たり前ではないので。私は所属先があり、チームには体育館があり、練習ができている。30代になると引退も考えていく人が多いなかで、こうしてバドミントンを、しかも楽しんでやれている。楽しむって、現役生活中はなかなかできないこと。なので、すごく幸せですね」
楽しんでバドミントンをやる。至極、当たり前に聞こえるものの、その言葉の裏に、長年トップに君臨したアスリートしか知りえない葛藤が……。
「私が選手として結果が出始めたのは17、8歳。インターハイで優勝したところから25、6歳まではただキツイだけ。がむしゃらで、楽しむこともなく、勝つことしか考えない。27、8歳になってバドミントンの面白さに気づいた。取り組み方が変わり、『バドミントン、もうちょっと上手くなりたい』という気持ちが徐々に出てきた。
さらに30代に突入して、また面白くなってきた。それまでは上の世代に向かっていくことしかなかったものが、下の世代が追いかけてくるようになる。30代になっても、まだ現役をやっていて『もうちょっと上手くなりたい』と思って、下からの突き上げに立ち向かっていく面白さがある。年齢を経て、変わってきたものかな」
福島選手ほどの選手が競技の面白さを感じたのが「27、8歳」。世界ランク1位を経験し、東京五輪に出場していた時期のこと。「あんまり楽しくなかったので、バドミントンが」と包み隠さずに吐露。「ちょっと変わってきたのは、東京五輪が終わったくらいかな」と言葉を繋ぎます。
「ただがむしゃらだったバドミントンが、ちょっとずつ相手が見え始めて、私の中で『もっとこうしてやろう、もっとこうしてみたい』というのが、はっきり生まれ始めた。年齢的に遅いと思うけど、その辺りから何かを見つけ始めた。プレーを見ていると、そこからバドミントンが上手くなったし、面白くなった」
彼女の経験から感じるのは、アスリートとして自分の競技とどんな目的で向き合っているか、ということ。
年代や環境に応じて、競技との向き合い方は変わるもの。周囲の期待を背負い、自身に重圧を課す。いつしか勝ち負けだけを求め、自分の価値を証明する、あるいは名声を得るための手段にしていたら、辛いものになりやすい。どの競技でも好きで始めたスポーツを、嫌いになって離れるアスリートは少なくありません。
しかし、世界のトップクラスに上り詰めた先で、「楽しむ」という境地で自分の成長を求められるのは、ほんのひと握りで、福島選手の特権かもしれません。
あくまで個人の印象として、福島選手は「そうなる前に終わってしまう人が多いのかもしれない」と感じているそう。引退の理由はさまざまであっても、一度離れてバドミントンの面白さを再認識し、シニアの大会に出場するなど、再びラケットを握る選手も決して少なくないといいます。
「私は現役で体が動くうちに、それができる。その面白さを感じられているから、今、私はここにいる。私にとって現役を続ける一番の原動力かもしれない」
ここに福島選手が感じる「幸せ」の理由がありました。
31歳でもう一度追い求める「自分がどこまで通用するか」

アスリートキャリアの「中期」。具体的に、こうなったら引退するという条件は特に決めていないそう。
「30代になっても、技術的に少しずつ上がっている実感はある。同時に、体の回復が遅くなっている実感もすごくある。ケアの時間も増えたけど、トレーニングの量に関しては増えたかもしれない」。一度は立ち止まり、自分の体と向き合いながら、再び歩み始めた現役生活を楽しんでいる福島選手。彼女の体験はトップアスリートや、今まさにトップを目指して階段を上っているアスリートたちにとって貴重なものといえます。
果たして、残りの現役人生で成し遂げたい目標は――。
「どこまでやれるんだろう、というのは思います。成し遂げたいことは、ある程度やってきた。一度でも五輪という舞台を経験できたし、世界選手権は優勝はできていないけど、いろんな大会で優勝や経験をさせてもらった。ここに来て、『絶対にこれを優勝したい』という強いものはないかな。
でも、私はまたチャレンジすることが面白いので。バドミントン界もペアリングがいろいろと変わり、バドミントン自体(のスタイル)も変わってきている。その中でもう一度、自分がどこまで通用するか、上手くなることを追求する感覚で今はやっているし、それをもっと追いかけたいです」
■福島 由紀 / Yuki Fukushima
1993年5月6日生まれ、熊本県出身。岐阜Bluvic所属。9歳でバドミントンを始め、青森山田高では3年生時にインターハイ女子シングルス準優勝、女子ダブルス優勝。実業団チームに入部後、廣田彩花選手とダブルスを組み、2017年から3年連続で世界選手権大会銀メダル獲得、2020年の全英オープンで優勝するなど数々の国際大会で活躍。2021年の東京五輪ではベスト8。パリ五輪レース後の2024年9月に廣田選手とのペアを解消した。同年9月に松本麻佑選手と新たにペアを結成し、2025年1月に行われたワールドツアー・マレーシアオープンで優勝。世界への挑戦を続けている。
(W-ANS ACADEMY編集部)
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