強豪じゃない国立大進学、-4kgの過酷減量…柔道・角田夏実、31歳の五輪金メダルに繋げた2つの選択【女性アスリートのキャリアデザイン】
「INTERVIEW / COLUMN」記事
強豪じゃない国立大進学、-4kgの過酷減量…柔道・角田夏実、31歳の五輪金メダルに繋げた2つの選択【女性アスリートのキャリアデザイン】
著者:宮内 宏哉(W-ANS ACADEMY編集部)
2025.03.06
キャリア

「国際女性デー特集」第1回・角田夏実(柔道)
3月8日が「国際女性デー」と国連で定められてから、今年で50周年を迎えます。2021年から女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた特集「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を実施してきた株式会社Creative2は、節目の年となることを記念して、今年は「女性の生き方を考える」をテーマに運営する3つの媒体で企画を展開します。
スポーツを楽しむすべての女性を応援するメディア「W-ANS ACADEMY」では、各競技で世界のトップに立った経験がある3人の日本人女性アスリートにインタビュー。現役キャリアを前期・中期・後期の3つに大きく分類し、そのなかで起きた自身の変化や決断について話を聞きます。第1回は昨夏行われたパリ五輪の柔道女子48キロ級で金メダルを獲得した、角田夏実選手(SBC湘南美容クリニック)の「前期」。31歳にして初の五輪出場を果たした柔道家は、2つの大きな決断を経て世界の頂点に立ちました。(取材・文=W-ANS ACADEMY編集部・宮内 宏哉)
◇ ◇ ◇
連日歓喜に沸いたパリ五輪。日本勢は海外開催の五輪で過去最多となる合計20個の金メダルを獲得しましたが、第1号は角田選手でした。
その瞬間は日本時間7月28日、午前1時1分。女子48キロ級決勝でバーサンフー・バブードルジ選手(モンゴル)から得意の巴投げで技ありを奪い、そのまま優勢勝ちしました。会場が沸く中で、悲願の金メダルを決めた角田選手は表情を崩しませんでした。
「ホッとして、よかったという安堵感。嬉しいよりもやり切った感……。『終わった』という気持ちの方が強かったですね。これでやっと、終わったんだなって」
畳を降り、今井優子コーチと抱擁した時、初めて涙。31歳にして五輪初出場で、ここまで紆余曲折の柔道人生でした。
角田選手は中学、高校時代に全国大会に出場していますが、主要大会の優勝はなし。千葉・八千代高の卒業を目前にして「もういいかな、お腹いっぱいだな」と、柔道を辞めることも選択肢に入れていました。
大学でも競技を継続するキッカケになったのが、恩師との出会いでした。「楽しくやるくらいだからキツくないぞ」。国立の東京学芸大で監督を務めていた射手矢岬さんからこんな誘いを受け、「じゃあいいかなと思って(笑)」と進学。これが大きなターニングポイントになります。
ちょうど柔道部の強化を始めたタイミングの東京学芸大は、決して強豪とは言えませんでした。週5日の練習は約2時間程度。角田選手は練習の合間にコンビニエンスストア「ミニストップ」でレジ打ち、陳列のアルバイトも経験したといいます。
階級変更で減量幅が4キロ大きく…大好きなラーメンも我慢

“やらされる練習”ではなく、自分で考えて能力を伸ばさなければならない環境。柔道が「楽しい」と思い出せる環境だったと振り返ります。
「自発的に出稽古にいったり、トレーニングも各自やる感じ。自分に何が必要か、大学時代から考えてやっていたのは社会人になっても活きた部分でした」
元々得意だった寝技、関節技が磨かれたのもこの時期。柔術家になったOBが一般にも開いていた寝技教室でひたすらスパーリングを行い、急成長に繋げました。大学卒業後、社会人2年目の2016年には女子52キロ級で講道館杯、グランドスラム東京大会で優勝しています。
2017年には初めて世界選手権に出場し、銀メダルを獲得。「自分の中では信じられないというか、周りも私にびっくりしていた」と誰もが驚く快進撃でした。ただ、角田選手の女子52キロ級は日本国内にも難敵揃い。阿部詩選手、志々目愛選手らと東京五輪代表を争っていました。
代表争いで遅れを取った2019年。角田選手は大きな決断を下します。11月の講道館杯から48キロ級に本格転向。「チャレンジした方が後悔は残らない」と今井コーチの後押しも受け、僅かな可能性に懸けました。
減量幅も4キロ大きくなり「めちゃめちゃ大変。寿命を縮めているなと思いながら」と表現するほど過酷な調整が必要に。約1か月をかけて6~7キロ落としますが、やはり食事にも気を遣うそうです。
大好きなラーメンはもちろん我慢。トレーニング内容に応じて朝、昼、晩の3食をバランスよく摂ります。重要視しているのは「飽きないこと」。鶏肉、豚肉、牛肉などローテーションでメニューを考えます。
「ご飯をストレス解消にしている部分があるので。楽しくご飯を食べようと」。東京五輪代表の座は惜しくも逃しましたが、21年からこの階級で世界選手権を3連覇。パリ五輪でも世界の頂点に立ち、決断が正しかったと証明しました。
叶えた夢の「次」を探している今「前向きな人生を送りたい」
時に「遅咲き」と表現される柔道人生。角田選手も「だいぶ遅咲きだなと感じます」と頷きます。
「五輪に出る選手は世界ジュニアとか、ユニバーシアードを経験している人がほとんど。そこを私は経験してないので『何か、新しいね』って言われたりします。(パリ五輪の金メダルは)全く想像できなかったです。本当に内定するまで、オリンピックに出られるとは思ってなかったくらい」
金メダルから約7か月後、2月14日のグランドスラム・バクー大会に出場。これが五輪以来の実戦でしたが、見事に優勝を果たしました。
五輪前から両肩、両膝を痛め、治療を優先してきたことから調整期間は短く、不安もあったそうですが「まず柔道を楽しむ、自分らしい柔道をしようと思って試合ができた」と納得の表情。五輪王者に許される金字の「ゴールドゼッケン」を背に、重圧にも打ち勝ちました。
パリで夢を叶えた角田選手ですが、現在は「次の夢を探している」状態だと明かします。
ロス五輪が行われる2028年には、36歳を迎えるため「ちょっと厳しいな……っていうのは思っています」と説明。将来的には後進の指導、競技普及と柔道に携わって生きていきたい考えや、女性として家庭を持ち、両立したいといった希望も持っています。
これからどんな道を歩むか、まだ悩んでいる最中。ただ、決断の時に重要視するものはこれまでと変わりません。
「やっぱり後悔しないこと、自分らしくというのを大事にしてきた。柔道もそうですし、今までと変わらない、何事も楽しめるような前向きな人生を送りたいです」
■角田 夏実 / Natsumi Tsunoda
1992年8月6日生まれ。千葉県出身。小学2年から父親の影響で柔道を始めると、八千代高を経て東京学芸大に進学。大学で寝技の技術に磨きをかけると、2013年の学生体重別選手権で自身初の全国優勝を果たす。了徳寺大学(現・SBC湘南美容クリニック)に進み16年のグランドスラム・東京大会で優勝。19年に52キロ級から48キロ級に階級を変更。21年世界選手権から日本の女子選手として史上3人目となる3連覇を達成。2024年パリ五輪で金メダルを獲得した。
(W-ANS ACADEMY編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)
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