教員志望のはずが、サッカーW杯で女性初の審判員に 動機は「大好きなサッカーに貢献したい」――特集「スポーツ界で働く、スポーツで見つける将来」
「INTERVIEW / COLUMN」記事
教員志望のはずが、サッカーW杯で女性初の審判員に 動機は「大好きなサッカーに貢献したい」――特集「スポーツ界で働く、スポーツで見つける将来」
著者:W-ANS ACADEMY編集部
2024.04.24
キャリア
サッカープロフェッショナルレフェリー・山下良美さんインタビュー
記憶に新しい2022年の男子サッカー・ワールドカップ(W杯)カタール大会。史上初の女性審判の一人に選出され、6試合で第4審判を務めたのが、山下良美さん。もともと教員志望で大学に進み、プレーヤーからプロフェッショナルレフェリーに転身するに至った動機には「大好きなサッカーに貢献したい」という想いがあったそうです。
◇ ◇ ◇
――現在、サッカーのプロフェッショナルレフェリーとして活躍されていますが、初めて試合で笛を吹いたのはいつでしたか?
「大学4年時の夏だったと思います。大学のサッカー部の先輩であり現国際審判員の坊薗真琴さんに誘われ、高校生の大会で主審を務めました。全然、乗り気ではなかったんですが(笑)、断る理由もないし、ただやってみた、という感じです」
――初めて担当した試合のことは覚えていますか?
「覚えているのは、その大会で笛を吹いた2、3試合目です。ある選手が激しいタックルを仕掛けたとき、私はファウルを取らなかったんですね。すると、相手チームの監督が『これで笛を吹かないなら、お前らもやっていいぞ!』と選手に向かって言いました。
そのとき、『私の笛一つで、フィールドの安全も、大好きなサッカーも壊れてしまうのか』という気持ちになったことを覚えています。笛を持ってフィールドに立つことの責任を強く感じました」
――大学4年の夏ということは、その時、就職先は決まっていましたか?
「いえ、決まっていませんでした」
――周囲がどんどん進路が決まるなか、焦りはなかった?
「なかったですね。大学生活はただただサッカーに没頭する毎日で、将来のことも含め、何も考えていなかったんです。ですから、部活を引退した後で『さぁ、どうしよう?』と(笑)。
私はもともと、かなり楽観的なタイプだと思います。あんまり先のことを考えず、 今だけを考えればいいかな、と思うタイプ。我ながら本当、適当だなと思います(笑)」
――ちなみに大学に入学する以前に描いていた将来像は?
「高校時代は小学校の先生になりたかったので、実は大学も学部も、教職に就くために選びました。でも、大学で学ぶうちに、先生になりたい気持ちは徐々に薄れてしまった。多分、人の人生を背負う責任の重さに、自分には難しいと感じたことが大きいと思います。
結局、もう少しサッカーを続けたいという気持ちから、都内のクラブチームに所属。大学の非常勤の職員として働きながら、プレーを続けることにしました」
――ということは、当時はまだ審判になろうという気持ちはなかった?
「そうですね。サッカーの審判員の資格は4級に始まり、3級、2級、女子1級(現在は廃止)、1級とありますが、一応、大学時代に4級を、その流れで3級を取ってはいました。心持ちが変化したのは、2級の資格を取得してからです。
当時は2級になると、女子のトップリーグの試合で副審を担当出来ました。そこでふと、私も審判員としてならば、女子サッカーの発展に微力でも貢献できるのかもしれない、と思ったんです。その可能性があるなら真剣に審判員の役目に向き合っていこうと、取り組む気持ちがかなり変わりました」
審判員生活で最も印象に残っている試合は2015年の皇后杯決勝
――選手をやめて、審判員の役目に注力しようと考えたのもその頃?
「いえ、その気持ちが固まったのは、女子1級審判員(当時)の認定試験を受けた頃。女子1級の資格認定に必要な研修会と大事な試合が重なった日が、分かれ目となりました。
当時はもう、選手よりも審判の活動を優先しようと心は決まっていました。でも、チームメートやスタッフに『研修会に行きます』と、言葉にして伝えることは、すごく覚悟のいることだった。
自分の中ではその日が、何というか……選手としての区切りになりました。以降、任された試合で笛が吹けるように、試合の日に休みを取りやすい仕事へと転職。審判員としての務めに全力投球するようになりました」
――好きなサッカーにいかに貢献できるかが、今の仕事を選ぶ決め手になったんですね。
「そうですね。私が子どもの頃は、サッカーをやっている女子は珍しく、小学校では男子のチームに混じっていましたし、進学した高校には女子のサッカー部がありませんでした。4歳でサッカーを始めてから、そういう環境下だったので、日本の女子サッカーを盛りあげたい、そのために貢献したいという想いを、ずっと抱いていたんだと思います」
――これまで、女子の大会に限らず、JリーグやW杯、アジアカップなど国内はもとより、世界的な大会で審判員を務めてきました。なかでも、最も心に残っている試合を教えてください。
「主審を担当した2015年12月の皇后杯(国内女子サッカーのカップ戦)の決勝です。大会史上最高の観客数(2万379人)を記録した試合で、本当にたくさんの方が観に来てくれました。
フィールドに入り、観客で埋まったスタジアムを目前にしたときに、女子サッカーはこれだけたくさんの人を引き付けられるんだ、という『力』を感じました。
私は女子サッカーの発展に微力でも貢献したいとの想いで、審判を続けてきました。ですからその『力』を感じ、感激というか、嬉しさみたいなものがこみ上げてきて、すごく印象に残っています」
――今、感じている審判員という仕事のやりがいと目標を教えてください。
「私のなかで審判員の魅力は、経験を積むほど、どんどん膨らんでいます。
審判員は試合中、『楽しい』仕事ではありません。それに、今でも試合の内容を振り返ると凹むことばかりです。ただ、内容がよくなかったとしても、試合終了後はやり切れた、終わらせたのだ、という達成感があります。
目標ですが、試合の割当をいただいたら、一試合一試合、全力を尽くすこと。任された試合でフィールドに立ち、笛を吹いていくことが日々の目標です」
――何よりも、一日一日の積み重ねを大事にされている。
「大学時代の私は将来、特にやりたいこともなく、未来を描けないタイプでした。そんな自分をいいとは思っていなかったし、教師という目標を持ち、積極的に学び、先生になっていく同級生たちの姿が、キラキラと輝いて見えたんですね。
でも、私は夢や目標を追いかけるよりもきっと、目の前のことに集中して、取り組んでいくことが合っているんです。だからキラキラしていない自分を肯定してもいいかな、と思います(笑)」
将来を考える上で大切なこと 気が乗らなくても「やってみる」が大事
――では日々の目標の先に描く、理想の審判像とは?
「サッカーの魅力を最大限に引き出す審判員です。プレーヤーも観客も夢中になるサッカーというスポーツで、嬉しい、悔しいなど心が動くような試合を担当したい。また、そういう想いを持って、毎試合、笛を吹いています。
そして、こんなにも自分が魅了されているサッカーで、そんな目標を持つことができる審判という仕事は、本当に素敵だなと感じます」
――最後に、将来や進路に悩む学生に向けて、メッセージをお願いします。
「私は100%を積み重ねることで、必ず何かに繋がると信じています。スポーツでも勉強でも趣味でもいい。目の前のことに100%取り組むことは、絶対、無駄にはなりませんし、続けることで、やりたいことも見つかる気がします。
それから、何か新しいことに触れる機会が訪れたら、気が乗らなくても、『ただやってみる』ことはすごく大切です。
私は審判に興味がなかった頃、先輩に誘われ、笛を吹く経験ができて本当に良かったと思います。一度やってみると、『これは違うな』『嫌だな』『面白いかも』と、何かしら気づくことがあると思いますよ」
【プロフィール】 山下 良美 / Yoshimi Yamashita
1986年2月20日生まれ、東京都出身。4歳のとき兄の影響でサッカーを始める。東京学芸大学4年時に、サッカー部の先輩である坊薗真琴さん(現サッカー国際審判員)に誘われ、学生の大会で初めて審判員を務める。卒業後は大学の非常勤職員で働きながら、都内のクラブチームでプレー。同時に審判としての活動も続け、2012年に女子 1級審判員、2019年に1級審判員に認定された。2019年、女子W杯フランス大会で主審を担当して以降、2021年にJリーグ、2022年のAFCチャンピオンズリーグ、2024年1月開催のアジアカップで大会史上初の女性主審となる。また、2022年サッカーW杯カタール大会では史上初の女性審判の一人に選出。6試合で第4審判を務めた。同年7月、女子審判員として初となるプロフェッショナルレフェリー契約を結ぶ。
(W-ANS ACADEMY編集部)
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