「INTERVIEW / COLUMN」記事
先輩の言葉に「そういう未来もあるのか」 五輪金メダルから1年半、引退発表の裏にあった本心――柔道・角田夏実
著者:長島 恭子
2026.03.04
キャリア

「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」2日目 角田夏実インタビュー後編・セカンドキャリア
「W-ANS ACADEMY」の姉妹サイト「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を展開。今年は「心とカラダを満たす『幸せ』の選択」をテーマに、3日から12日まで10日間にわたってアスリートがインタビューに登場します。高みを目指し、心身両面で全力を尽くすアスリートたちの姿を通して、一人ひとりの女性が“自分らしく”、幸せな日々を過ごすためのヒントとなる内容を「W-ANS ACADEMY」でも掲載します。
2日目はパリ五輪柔道女子48キロ級で金メダルを獲得し、今年1月に現役引退を表明した角田夏実さんが、前編に続いて登場。引退を決断するまでの心境や、新たなキャリアを踏み出した先に描く未来の自分について、胸の内を明かしました。(取材・文=長島 恭子)
◇ ◇ ◇
今年の1月30日、「競技の第一線から退く」と引退を表明した柔道元日本代表の角田夏実さん。引退会見から2週間後、取材場所に現れた角田さんの姿は見慣れたショートヘアではなく、肩まで届くストレートのミディアムヘア。「いつも大会のたびに髪を切っていたので、伸ばしているというよりは切るタイミングがないんです(笑)。こんなに髪が伸びたのは成人式以来かな」。
小学2年生から柔道を始め、20代で初めて強化選手になった。パリ五輪(24年)では日本柔道界最年長の31歳11か月で金メダルを獲得。常に『遅咲きの選手』と、驚きを持って評されてきた。 周囲からの助言を受け、52キロから48キロへと階級を変更したのも27歳の時だった。東京五輪出場を狙っての決断。しかし、代表選考に落選した角田さんは自分の限界を感じ、引退を考えた。
「ずっと五輪を目指して戦ってきたのに、手が届かなかった。周りの選手も結婚するなどでどんどんいなくなり、年齢的にも潮時かなとも思いました。厳しい減量も乗り越え、自分は頑張れるだけ頑張った。あの時点ではそう思っていました」
ところが翌21年の世界選手権、角田さんは初優勝を飾った。だが、東京五輪の約1か月前に開催された大会に、代表選手たちの姿はない。「今のままでは世界チャンピオンだと胸を張って言えない」。王者なき大会での金メダルが、闘争心に火をつけた。
そして22年の世界選手権で見事、連覇を達成。「私なら、次の五輪はいけるかもしれない」。自信を深めたこの試合が、パリ五輪へのターニングポイントとなる。
「『次の年も優勝できたら、本当の世界チャンピオンだと胸を張れる。1年間、ちゃんと準備をして次も勝ち切ろう』。これを合言葉に、コーチとともに全力で柔道に取り組むことができた。そして、連覇を達成したことで自分は本当に強くなれたと感じました。
パリ五輪決勝はもちろん、すごくプレッシャーがありました。でも、31歳という年齢までずっと競ってきたからこそ、プレッシャーをいい形で受け取り、力を出せたと思います」
王者健在をアピールも…気づいていた変化

25年2月。パリ五輪後、休養期間を経た角田さんは、グランドスラム・バクー大会に出場した。結果は、5大会連続の金メダル。王者健在をアピールした。
「この時、トレーニングも練習も減量も、五輪までと同様に3か月かけて一気に体を作りました。だけど体の変化も感じていて。五輪を目指すような競技生活はもう無理かもしれないと、ちょっと気づいていました」
届きそうで届かなかった東京五輪後、『もう少し、もう少しで(五輪に)届く』と自分に言い聞かせながら、ガムシャラに戦ってきた。ロサンゼルス五輪まで、さらに3年。果たして以前と同じことが、今の自分にできるのだろうかと自問自答を繰り返した。
「年齢を重ねていくと体力面は落ちていくし、減量で思い通りに体が動かなくなったりもする。長年ケガも繰り返してきた。パリ五輪まで無理をしてきたことが、思った以上に後を引きました。
若く、強い選手が次々と出てくる日本で力を保つには、今までよりもさらに厳しい時間が待っている。ロスを目指し、頑張って大会に出場できたとしてもできなかったとしても、もう二度と柔道に関わりたくないほど、柔道を嫌いになりそうだと思ってしまった」
一方で、五輪後、一気に広がったセカンドキャリアの可能性にワクワクした。
「メディアや国内外の道場でいろいろな仕事を経験したり勉強したりするなか、セカンドキャリアもすごく楽しくなるんだろうな、という思いが生まれました。
でも、試合に出るからには優勝したいし、全力を尽くしたい。そうなると、他の仕事はどうしても二の次になります。どこに重きを置けばいいのかと葛藤し、柔道にも仕事にも思い切り打ち込めなかった。このままでは両方とも、中途半端になると感じました」
ずっと、子どもが欲しいとも思っていた。夢のまた夢だった五輪で金メダルを取るという大きな目標を達成した今、次のステップは、競技者としてではなく、別の道で見つけてもいいのかもしれない。角田さんは第一線から退くことを決める。
「第一線で戦う競技者でいるよりも、大好きな柔道のために、自分は何ができるかを考えることが楽しかった。そんな自分が一番いいな、と思ったんです。引退を表明した今は、やっと柔道選手という部分での肩の荷が下りたというか。新たなキャリアに向かって全力で取り組めているので、すごく気持ちがいいです」
柔道で学んだことを広く伝える活動へ

「柔道が好き」。取材中、何度も角田さんの口から出た言葉だ。人に投げられたり、畳に叩きつけられることなんて、柔道をやっていなかったら経験しなかったに違いない。「何でこんなキツいスポーツをしているんだろう」と思うことは何度もあった、と笑う。
「でも、自分が投げられる悔しさを知っているからこそ、技が決まった時はたまらなく嬉しい。何もかもタイミングがピッタリはまると、投げられた方もびっくりしちゃうぐらい、力を使わず、本当にキレイに相手を投げられるんです。
柔道は同じ技をかけるにも、相手の体形や受け方、技の入り方、力の入れ方などですべてが変わってきます。巴投げも、二つとして同じものはありません。相手がいて私がいて、2人の戦いのなかで作り上げていく。この駆け引きが柔道の良さであり、楽しさかな」
今は柔道選手の強化よりも、柔道の裾野を広げる活動に興味がある。日本の子どもたちに柔道を広めること。大人の未経験者や親子で習いたい人にも、敷居の高さを感じさせない道場を開くこと。そして、柔道に熱心な他国の道場との交流――。やりたいことは山ほどある。
「柔道は強い体と心を作る。受け身ができるだけでも、体の使い方や自分の身の守り方が身につきます。
子どものうちに受け身だけは覚えて、他の競技に行ってもプラスになるし、大人の健康づくりにも役立ちます。柔道一本でなくていい。他のスポーツや体作りなどに、柔道をうまく使ってもらいたいと考えています。
柔道を通してたくさんの人と出会い、いろんな経験を積んだことで今の私があります。今後は柔道で学んだことを広く伝えていきたいし、自分自身にも生かしていきたい。そうすることが、自分の幸せでもあると思うから」
もう一つ、思い描く未来の姿がある。それは、母として再び、畳の上で戦うことだ。
「最近、3人のお子さんがいる一つ上の先輩から、『実は国体に出場したんだよね』という話を聞いたんです。出産後に復帰した谷亮子さん(柔道家。五輪00年シドニー大会、04アテネ大会、女子48キロ級金メダリスト)の姿も見てきましたが、自分がどこまでやるのかの想像はついていなかった。でも、先輩の話を聞き、あぁ、そういう形で試合をする未来もあるんだなと思いました。
いつか私も、出産後に試合をしたいと思う日が来るかもしれません。だから第一線は退いたけれど、『もう一切試合に出ません』と宣言するのは、ちょっと違うかな。自分の限界を、決めてしまう気がするから」
競技者として世界の舞台からは下りても、1人の柔道家としての引退はない。自らの可能性に挑む柔の道は、今後も長く続いていく。
【柔道・角田夏実さんの「心とカラダが満たされていると感じる瞬間」】
「自分が納得して決めたことを、やり切った時です。私は常に自分とどれだけ向き合ったか、自分に嘘をついていないかを、すごく大事にしています。自分のなかには『天使と悪魔』ではないけれど、『2人の自分』がいて、どう行動するべきかを常に互いに問いかけています。そうやって、自分と向き合い、納得して『やる』と決めたことは、全力で頑張れるし、やり切りたいという強い想いも生まれます。すると、体も心も一番前向きに進むことができるし、結果がどうであれ、やり続けている間はずっと充実しています」
※「THE ANSWER」では今回の企画に協力いただいた皆さんに「心とカラダが満たされていると感じる瞬間」を聞き、発信しています。
■角田 夏実 / Natsumi Tsunoda
1992年8月6日生まれ。千葉県出身。八千代高-東京学芸大-了徳寺大学職員-SBC湘南美容クリニック。小学2年の時、父親の勧めで柔道を始める。東京学芸大3年時に全日本学生体重別選手権52キロ級を制覇。同大初の学生日本一になる。大学卒業後、巴投げや関節技を武器に台頭。2017年世界選手権では52キロ級で準優勝。同年48キロ級に転向すると、21~23年世界柔道選手権で3連覇を達成した。グランドスラムでは22~25年の48キロ級の4連覇を含め、通算5回優勝。初出場となった24年パリ五輪では、日本柔道史上最年長の31歳11か月で金メダルを獲得した。26年1月、競技引退を発表。現在、各種メディアやイベント出演、柔道教室などを通し、柔道を広める活動を中心に活躍する。
(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
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