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「やせた方がうまくいく」は思い込み 女性アスリートの“やせすぎ”と月経異常の問題点

「INTERVIEW / COLUMN」記事

  

「やせた方がうまくいく」は思い込み 女性アスリートの“やせすぎ”と月経異常の問題点

著者:W-ANS ACADEMY編集部

2025.10.11

コンディショニング

【写真:写真AC】
【写真:写真AC】

「女性アスリートのやせ問題」特集、須永美歌子教授に聞く“減量”の是非(後編)

 女性アスリートの減量には、パフォーマンス低下だけでなく、月経異常が発生するリスクも伴います。今回のテーマは、女性アスリートと“やせ”と月経の問題。女性アスリートのコンディショニングを専門とする、日本体育大学の須永美歌子教授に伺いました。

 ◇ ◇ ◇

 前回、食事量を極端に制限して体重を落とす長期的な減量は選手の体にも競技パフォーマンスにもプラスにはならない、という話をしました。無理な減量による女性アスリート(ここではスポーツに取り組む部活動生からトップ選手まで、すべてをアスリートと呼びます)の深刻な健康への影響はもう一つあります。それが「月経の異常」です。

 アスリートに多い月経異常は視床下部性無月経です。視床下部とは自律神経を司る脳の一部。例えば体温調節や心拍数、ホルモンの分泌などの指令を出したり、食事や睡眠等の行動を調節したりする器官です。

 ところが、視床下部はとってもデリケート。急激な体脂肪の減少やエネルギー不足、オーバートレーニングや睡眠不足、その他、様々なストレスにより、働きが悪くなります。すると卵巣機能が低下。女性ホルモンが分泌されにくくなり、ついには月経が止まってしまう……。これが「視床下部性無月経」が起こる仕組みです。

 特に、成長期にあたる中学・高校生時代の無月経は、一生の健康を左右するといっていいほどの「病気」です。無月経が体に及ぼす悪い影響は多々ありますが、ここでは特にアスリートとして受けるマイナス面についてお話しましょう。

 まず、無月経になると、骨に深刻なダメージを与えます。

 一つは、女性ホルモンが分泌されにくくなると、骨密度が低くなります。つまり骨が弱くなるため、疲労骨折はもちろん、転倒などの衝撃により大腿骨がボキッと折れるような大事故が起こる危険性も高まります。

 また、無理な食事制限による無月経は「食べる量が少なすぎる」ため、カルシウムなどの骨の材料になる栄養素や骨を作るためのエネルギーも不足。そのため、本当は伸びるはずだった身長が伸びない可能性もあります。競技によっては非常に不利に働きます。

 加えて、骨の生涯にわたる骨量(骨密度)の最大値は20歳までに決まります。つまり、大人になってからどんなに一生懸命、カルシウムを摂っても、それ以上の骨量を増やすことはできません。

 成長期に十分に食事を摂らないと、学生時代から骨粗しょう症になる恐れがあるうえ、将来、簡単に骨折したり、背中や腰が曲がったりというリスクが高まります。一生、スカスカの骨のまま生きることになるのです。

月経は「女性の体の通信簿」

【写真:写真AC】
【写真:写真AC】

 ここ数年の間に、無月経は競技力のうえでも健康上でも良くないことだという認識は、ものすごい勢いで広まりました。しかし、「やせた方がうまくいく」という思い込みは残念ながら根強くあり、食事を減らすダイエットはなくなりません。

 繰り返しますが、やせすぎは筋肉量や骨量を削り、今の競技力を低下させるだけでなく、自分の健康的な未来を奪われる恐れがあります。一生涯、健康で美しい体をキープするためには、成長期の段階でどう過ごすかはすごく大事。そのために最も大切なのが、「しっかり食べて、寝ること」なんです。

 正常な月経は、脳が正常に機能し、卵巣も元気である証拠です。月経があるかないかは、いい練習ができ、バランスの良い食事で十分な栄養を摂り、ぐっすり寝てちゃんと休養もしているかどうかを測る、いわば「女性の体の通信簿」です。

 おそらく選手の皆さんは、無月経は危険だと頭ではわかっていても、“今”成績を出すこと、勝つこと、輝くことを優先してしまうと思います。「将来、赤ちゃんができないかもしれないから気を付けて」と言われても、先々のことを想像するのは難しいですよね。私自身、大学まで陸上をやっていましたが、当時の自分を振り返ると、やはり想像できていなかったと思います。

 それでも頭の片隅に、「食べないでやせること」は、体力や筋力、骨量、そして回復力も低下し、結局は強くなれないということだけはぜひ、覚えておいてください。

 また、選手の指導者やご家族の方たちに伝えたいのは、大人からの「やせろ」という言葉は、想像以上に大きなプレッシャーを選手に与えます。

 以前、当たり前だった「月経が止まるほどの厳しいトレーニングや減量は競技のためには必要」という考えは、根拠のない思い込みです。また、IOC(国際オリンピック委員会)も女性アスリートのやせ問題を深刻視しており、2023年に出された新たな共同声明にも『ヘルスファースト、パフォーマンスセカンド』という言葉を掲げています。

 選手たちが「今だけ良ければいい」と未来を否定するのは悲しいことです。今後、どんな道を選択しようとも、一人ひとりが生涯輝いていられるよう導き、見守ってほしいと思います。

(W-ANS ACADEMY編集部)

Sunaga Mikako

須永 美歌子

日本体育大学教授

日本体育大学教授、博士(医学)。日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本陸上競技連盟科学委員、日本体力医学会理事、日本トレーニング科学会会長。運動時生理反応の男女差や月経周期の影響を考慮し、女性のための効率的なコンディショニング法やトレーニングプログラムの開発を目指し研究に取り組む。大学・大学院で教鞭を執るほか、専門の運動生理学、トレーニング科学の見地から、女性トップアスリートやコーチを指導。著書に『女性アスリートの教科書』(主婦の友社)。

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