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「言ってはいけない時代じゃない」 伊藤華英が「女子選手と生理」を声に出した理由

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「言ってはいけない時代じゃない」 伊藤華英が「女子選手と生理」を声に出した理由

著者:神原 英彰

2023.07.22

月経

競泳の元トップスイマー・伊藤華英さん【写真:Getty Images】
競泳の元トップスイマー・伊藤華英さん【写真:Getty Images】

【連載・後編】競泳五輪代表・伊藤華英さんが思うアスリートの「当たり前」の価値

 競泳の元トップスイマー・伊藤華英さん。インタビュー前編では、08年に出場した北京五輪で生理が重なるなど、女性特有の問題と闘ってきた競技人生を打ち明け、思春期における女子指導の現状について説きました。そもそも、オリンピアンの肩書がありながら、なぜ、タブーにも思える「女子アスリートと生理」の関係性について、声を出そうと思ったのでしょうか――。

 きっかけは、一つのコラムでした。伊藤さんは「女性アスリートと生理」の関係性を題材にして、自身の体験談を書いたことがありました。思い立ったのは、ある五輪選手の存在です。

「一番はリオデジャネイロ五輪の時、リレーに出場した中国の傅園慧(フ・ユアンフイ)選手が『生理中でいい泳ぎができずにチームメートに謝った』という出来事がきっかけ。大きな話題になったし、私自身もアスリートだった。センシティブだし、ナイーブだと思って、言ってはいけない時代でもない。言う価値はあるのかなと思って書いたら、すごい反響でした」

 一般生活でも「生理」というフレーズを口に出すのは、はばかれる話題。それでも、敢えて話題にしようと思った裏には、アスリートのセカンドキャリアに対する問題意識がありました。

「アスリートの課題は、自分が経験してきたことをアウトプットできないことが多くあると思います。キツイこと、苦しいことが当たり前すぎて、意外と世の中に価値があることであっても、喋らなくてもいいと思い込んでしまう。それが価値のあるものなら、少しずつ、オープンにしていってもいいのかなと感じていました」

 伊藤さん自身、北京五輪で生理と重なり、初めてピルを服用したが、ホルモンの強さなどが体質に合わず、副作用に苦しんだ経験があり、「もっと早くから飲んでおけば良かった」と思ったといいます。

 一方、海外では10代から当たり前のように服用し、「あなたたちはなんで飲まないの?」と言われた経験もありました。こうした競技の第一線の実際の体験を包み隠さずに伝えることで、得られることがあったといいます。

伊藤さんが抱く思い「アスリートたちが自分の経験を話せる機会になってもいい」

「意外と世の中がそういうところに興味を持つんだというのは、やってみて初めてわかる発見。アスリートが自分たちの経験を話せるような機会になってもいい。私自身は書くことで自分がすっきりするというより、アスリートの現状を知ってもらいたいという気持ちが強いです」

 こうした思いによって発したメッセージは予想以上の反響を呼びました。スポーツ庁で指導者向けに思春期を題材にした「部活動のあり方」という会議で発表したり、多くの取材を受けるようになったりしました。「伝えているのは正しい判断をするということ。練習はやらないと伸びないし、過保護になっても伸びない。生理は自然と来るものだけど、楽にさせる方法があることを知っておいた方がいい」と経験を伝えています。

 実際の指導では難しい面があります。伊藤さん自身も大学講師として体育の授業を持っていた際、水泳を受け持つことがありました。「男の先生はわからないから『休んでいいよ』と言います。けど、別に病気じゃない。もちろん、体がすごく冷えるとか、2日目で本当につらい場合はやらせないですけど、貧血にならない程度に支障がない程度ならやってもいいと思っています」と試行錯誤する日々がありました。

 指導における正解はありません。ただ、指導上の“無知”は競技によっては選手寿命を縮めるリスクがあります。例えば、体脂肪が減りやすい陸上の長距離選手は無月経になることがあります。

「体脂肪が極端に減ると、ホルモンバランスが崩れて止まってしまいます。無月経になると、骨粗しょう症になりやすい。すると、オーバーワークで怪我をして、競技寿命が短くなることにつながります。そういう悪循環をわかっていても、部活動は走らせる文化が残っています。軽い方が速いから痩せろと。選手自身も、月経がなくて楽という人も多いから、そうなると好ましくありません」

 こうした問題は個々の指導者が認知していても、表立って議論されることがありませんでした。だから「わかっていても、実行できないのが現状にあると思います」と言います。伊藤さん自身、現役時代は生理に対する正しい知識は持っていませんでした。

「現役の時は来る前はしんどい、来たらめんどくさい。そういう感覚しかありませんでした。PMS(生理前症候群)など、いろんなことを知ったのは引退してからです。ピルも飲んでみろと言われて飲みましたけど、なんだかわかんなくて副作用があって悩んだり。副作用あるよと言われたけど、なんで副作用が来るかもわからなかったです」

「もう、昔じゃない」…アスリートを“崇む”のではなくフラットなリスペクトを

 競泳の指導現場は男性指導者が多く、伊藤さんも女性指導者に当たったことはないといいます。では、これから指導現場がどう変化していくことが、スポーツをする女性にとって助けになると考えているのでしょうか。

「状況に応じて、婦人科に行くようにとか、もっと楽になる方法があるとか、教えられるメンター(相談役)の立場の人は今後のスポーツ界に必要です。生理のことを相談できるのは友達か親。でも、その人たちではスポーツの知識がない。例えば、アメリカ、オーストラリアなどは環境が整っているし、ピルであっても低用量なら体に負担が少ないことは理解されていいと思います」

 実際に、競泳では2005年頃から婦人科医が代表チームに入り、最近はJISS(国立スポーツ科学センター)でも婦人科が設定されました。しかし、他競技を含め、まだまだ改善の余地はあると考えています。

「例えば、代表の招集には講習会があって『この先生に連絡できます』とか、そういう情報の共有をしてほしいと思います。それをジュニアの合宿とか、特に若いときからやってくれたら。婦人科の医師にもスポーツを専門にして学会で発表している方は多いけど、まだ日本の社会にアカデミックさに課題があり、現場とのつなぎが少ないです。そういう部分から変わってほしいと思います」

 今回、伊藤さんが声を上げたのは「女性アスリートと生理」の問題でしたが、冒頭で述べた通り、根底にあるのはスポーツ界のへの思い。アスリートがさまざまな立場から声を上げ、自身の経験を伝えることで発展につながればと願っています。

「アスリートは自分が生きてきた世界が“当たり前”になってしまっています。自分が頑張ってきたことに価値があることを共感してほしい。もう、昔じゃない。もっとアウトプットしていい。今の社会はトップアスリートに対してのリスペクトが“崇んでいる”ような感じです。そうではなく、一人の人間としてフラットにリスペクトが生まれるようなスポーツ界になってほしいと思います」

<終わり>

(W-ANS ACADEMY編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

Ito Hanae

伊藤 華英

水泳

1985年1月18日生まれ。埼玉県出身。日本代表選手として2012年ロンドン五輪まで日本競泳界に貢献。2004年アテネ五輪出場確実と騒がれたが、選考会で実力を発揮できず、出場を逃す。水泳が心底好きという気持ちと、五輪にどうしても行きたいという強い気持ちで、2008年に女子100メートル背泳ぎ日本記録を樹立し、初めて五輪代表選手となる。その後、メダル獲得を目標にロンドン五輪を目指すが、怪我により2009年に背泳ぎから自由形に転向。自由形の日本代表選手として、世界選手権・アジア大会での数々のメダル獲得を経て、2012年ロンドン五輪・自由形の代表選手となる。同年秋に引退後は、水泳クリニックや講演会、解説などスポーツ界で幅広く活躍中。姉妹サイトであるスポーツ文化・育成&総合ニュースサイト『THE ANSWER』の女子とスポーツコーナーでは、立ち上げ時からスペシャリストとして携わり、現在も女性アスリートが抱える課題について積極的に発信している。

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